ウルジーの傲慢と挫折:シェイクスピアの歴史劇「ヘンリー八世」

| コメント(0)
権勢をほしいままにしたウルジーにも挫折の時がやってくる。直接の原因は、王に提出した書類の中に誤って自分の財産目録を含めてしまったことだ。それを読んだ王は、ウルジーが卑しい身分からなりあがって高官に上り詰めた挙句、莫大な財産をため込んでいたことにあきれかえり、その忠誠心を疑う。ウルジーは王への忠誠より、私腹を肥やすことに熱心だと判断したのだ。

王はウルジーに向かってその書類を示し、顔をしかめながら、それを読んだうえで、もしまだ食欲が残っていたら朝食をとれと勧める。その態度に接したウルジーは動転するのである。

  これはどういうことだ
  なんで突然怒り出したのだ、わしにその原因があるというのか
  王は顔をしかめながら去っていった
  まるでその目から破滅が飛び出してきたようだ
  ライオンは追い詰めた猟師をそのような眼でにらむ
  すると猟師の命はなくなるのだ
  この書類を読まねばならぬ これが王の怒りの原因だ
  やはりそうか
  この書類がわしを破滅させたのだ
  What should this mean?
  What sudden anger's this? how have I reap'd it?
  He parted frowning from me, as if ruin
  Leap'd from his eyes: so looks the chafed lion
  Upon the daring huntsman that has gall'd him;
  Then makes him nothing. I must read this paper;
  I fear, the story of his anger. 'Tis so;
This paper has undone me

自分の軽率な振る舞いが王を怒らしたことを悟ったウルジーは、自分に降りかかってくるだろう運命を自覚する。苦労して上り詰めた絶頂から一気に破滅へと突き落とされることを覚悟せねばならない。

  わしは権勢の絶頂にまで上り詰めてしまった
  あとはその栄光の頂点から
  ひたすら転落するのみだ
夕空の流れ星のように落下し
消え去っていくのだ
  I have touch'd the highest point of all my greatness;
  And, from that full meridian of my glory,
  I haste now to my setting: I shall fall
  Like a bright exhalation in the evening,
And no man see me more.

要するにウルジーは王の信頼を失ったために失脚するのだが、その原因は以上のことばかりにはとどまらない。それには伏線がある。一つは、王とアン・ブリンとの結婚に消極的だったことだ。当時の王の最大の関心事は、キャサリン王妃と離婚して、アン・ブリンと結婚することであり、その王の意思を、ウルジーも最大限尊重し、その実現のために努力せねばならなかった。ところがウルジーは、内心、王とアン・ブリンとの結婚に反対だった。理由は、アン・ブリンが熱烈なルター主義者で、カトリックのかれとしては、到底受け入れられないというものだった。ウルジーとしては、自分と同じカトリックで、フランス王の妹であるアランソン公爵夫人こそ、王の結婚相手たるべきだったのである。そんなかれの意図を、ヘンリー八世がどこまで気づいていたかは明らかではないが、アン・ブリンの結婚問題に消極的な姿勢は見透かされていたであろう。

もう一つ、新たなライバルが登場したことだ。それはクランマーだ。クランマーは、ウルジーにかわって王の腹心となり、王の望みの実現に尽力したことで、王の深い信頼を得る。その功績によって、カンタベリー大司教の座に就き、やがては、ブリんの腹から生まれたエリザベス(後のエリザベス一世)の洗礼式を主催するようになるのである。

そんなわけで、さしも権勢を誇ったウルジーにも没落の時が来る。その没落に直面したウルジーは、自分の身のはかなさについて嘆息するのである。


  なんと惨めなことだ
  王侯の恩寵にすがるだけの哀れな男よ!
  われらが希求する王の笑顔や
  その甘い表情と彼らがもたらす破滅との間には
  戦争や女がもたらす以上の苦痛と恐怖がある
  破滅するときにはルシフェルのように落下し
  二度と浮かび上がる望みはない
      O, how wretched
  Is that poor man that hangs on princes' favours!
  There is, betwixt that smile we would aspire to,
  That sweet aspect of princes, and their ruin,
  More pangs and fears than wars or women have:
  And when he falls, he falls like Lucifer,
  Never to hope again.






コメントする

アーカイブ