ローラーとバイオリン:タルコフスキーの処女作

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ソ連時代からロシア人を代表する映画監督だったアンドレイ・タルコフスキーは、ソ連邦映画大学の出身だ。その映画大学をタルコフスキーは1960年に卒業するのだが、その卒業課題映画として作ったのが「ローラーとバイオリン(КАТОК И СКРИПКА)」である。他の学科の卒業論文に相当するものだ。

労働者と少年の心の触れ合いをテーマにしている。バイオリンを習っている少年サーシャは、近所の悪ガキたちから目の敵にされている。ある日悪ガキたちに囲まれ暴力を振るわれようとしたときに、ローラー車で道路の整地作業をしていたセルゲイに助けられる。それがきっかけで二人は仲良くなる。セルゲイはサーシャにローラー車の運転を教える一方、サーシャはセルゲイにバイオリンを演奏して聞かせる。そのうちサーシャは仕事が終わり別の現場に行くことになる。別れの記念に二人は目下人気の映画を見に行こうと約束する。しかし、家に戻ったサーシャは、母親から外出を禁止される。息子が労働者と仲良くするのが気に入らないようなのだ。約束を破ることになったサーシャは心を痛め、そんなサーシャの立場が分からないセルゲイは、サーシャを待ちながらやきもきする、というような内容の作品だ。

通常、卒業課題の映画は短編でせいぜい20分程度が相場だそうだが、この映画は45分と結構長い。その長さの部分だけ情報量も多いわけだが、タルコフスキーはテーマを思い切り単純化して、セルゲイとサーシャとの心の触れ合いに焦点を当てた。サーシャがバイオリンのレッスンを受けるシーンや悪ガキにいじめられるシーンをのぞいては、ドラマを感じさせる要素は殆どない。二人の心の交流が暖かい視点で描かれるのである。

この映画のモチーフは、少年サーシャが一人の人間として成長する過程を追求することにあるといえよう。少年はまだかなり幼いので、成長という言葉は場違いに聞こえるが、この映画はそれをそうは感じさせない。タルコフスキーは、この映画の二年後に、ソ連映画史上の傑作といわれる「僕の村は戦場だった」を作り、一人の少年の愛国心を描くわけだが、その愛国心の目覚めに象徴される少年の大人への成長というテーマが、かれの実質的な処女作であるこの映画にも見られるのである。






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