歌舞伎「女殺油地獄」を見る:片岡愛之助演ずる与兵衛

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歌舞伎「女殺油地獄」をNHKのテレビ放送で見た。近松門左衛門の同名の浄瑠璃を歌舞伎化したものだ。小生は日頃歌舞伎を見ることはほとんどないのだが、近松の浄瑠璃を歌舞伎化したものは、なるべく見るようにしている。この「女殺油地獄」は近松最晩年の作品で、一応世話物に分類されるが、ほかの世話物が心中を中心にして義理と人情を描いているのに対して、これは悪漢の極道ぶりをテーマにしたもので、近松の作品の中でも異質なものである。享保年間に初演されて以来、徳川時代を通じて再演されることがなかったのは、題材のあくどさが庶民の共感を得られなかったからだ。明治に入って坪内逍遥がこの作品を再評価し、歌舞伎にも取り上げられるようになった。特に上方歌舞伎がこれを取り上げたのだが、このNHKの番組も、上方歌舞伎の片岡一座が手掛けていた。

悪漢の与兵衛を片岡愛之助が、油屋の女房お吉を片岡孝太郎が演じている。どちらも当たり役である。舞台は三幕からなっていて、一幕目で野崎参りにおけるお吉と与兵衛の邂逅、二幕目で与兵衛の放蕩ぶり、三幕目で与兵衛によるお吉への金の無心と殺害が演じられる。浄瑠璃の台本では、与兵衛がお吉を殺すのに大した動機は見られないのであるが、この歌舞伎では、金のために切羽詰まった与兵衛が、追い詰められてお吉を殺害するということになっている。

原作がショッキングなものとして受けとられたのは、与兵衛の殺害に合理的な理由がなく、やみくもに女を殺すところに観客が不気味さを感じたせいだと言えるが、この歌舞伎の演出では、一応与兵衛の行動にそれなりの動機を持たせることで、かれを普通の人間として演出する工夫がなされている。与兵衛は無慈悲で不気味な殺人者としてではなく、悩める普通の男として描かれているわけである。

そんな具合で、近松の原作とはかなり異なった雰囲気に仕上がっている。それは人形劇と歌舞伎との相違にもとづいた改変からくる。人形劇なら、人間的な感情抜きでも演出できるが、現実の人間が演じる歌舞伎では、あまりにも人間性に反した振舞いは、観客に受け入れられることがむつかしいのである。

三つの幕を通じて、片岡愛之助演じる与兵衛の行動を中心にして展開していく。愛之助は、上方歌舞伎としては歯切れのよい演技ぶりで、セリフ回しも小気味がよい。その一方で、繊細な感情を見せてくれるようなところもあり、なかなか色気に富んだ役者といえるのではないか。







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