国民監視に乗り出す岸田政権:通信の秘密保護の骨抜きを企む危険な意図

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岸田政権が国民に憲法上保証されている通信の秘密についての権利に、制約を加える方針を打ち出したと報じられている。非常に由々しい事態である。もしそんなことがまかりとおるなら、国民のプライバシーは丸裸にされ、権力による一方的な監視にさらされることになる。通信の秘密は人間としての最低限の尊厳保証のための規定だ。それを侵害しようとする岸田政権は、究極の専制支配をめざしていると言わねばならない。

岸田政権は、サイバー攻撃への対処強化を理由にあげているが、そんなことは理由にならない。なぜなら日本国憲法第21条第二項で次のように規定し、通信の秘密を国は無条件に守らねばならないとしているからだ。その文言は次のとおりである。「検閲は、これをしてはならない。通信の秘密は、これを侵してはならない」。つまり通信の秘密は、どんな制約にも服さない絶対的な権利だと書いてあるわけである。

小生は昨夜、アメリカ政府の国民への通信傍受をテーマにしたドキュメンタリー映画「シチズンフォー」を見て、権力による国民監視がいかに怖ろしいものであるかを肌で感じたところだ。民主主義を国是とするアメリカでさえ、権力が暴走して国民の権利が踏みにじられることがあるわけだから、まして日本の政権が国民監視の強力な手段を手にしたら、どんな暴走ぶりを見せるか、見当がつくというものだ。

岸田政権は、国民監視の結果得られた情報をアメリカ政府と共有する可能性を示唆しているという。これはうがった見方をすれば、アメリカ政府からの圧力に屈して、国民監視に乗り出したということではないか。先般、日本が軍事強化路線に踏み切ったのは、自分がそうするように日本政府を説得したからだとバイデンが臆面もなく言っていたことを想起する。バイデンは、日本をアメリカの世界戦略に従属させるために、軍事力強化と情報統制を日本に迫り、それに岸田政権が呼応したのではないか、と勘ぐりたくなるところだ。それが本当なら、岸田政権は非常に売国的な体質の政権だといわざるをえない。戦後こんなひどい政権は岸田政権以外なかった。

この問題については、日本国民は黙っている場合ではない。今のメディアは政権に忖度ばかりしているので、たいして信頼できない。国民自ら問題の本質について考える必要がある。とりわけ憲法学者の責任は重い。こんな憲法違反の無法ぶりを許すようでは、日本にまともなリーガルマインドは存在していないと言うべきである。

いま強引に進められているマイナシステムも、国民の監視を目的に活用される恐れがある。マイナシステムによる国民個々の情報の収集と、通信傍受による情報収集が呼応しあえば、国民はまったく裸にされてしまう。それこそ尻の穴の具合まで権力に覗かれることになる。そこにわれわれは深刻な危機を見るべきだ。





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