ショアーからナクバへ

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雑誌「世界」の最新号(2014年3月号)に、今進行中のパレスチナ問題についての二つの投稿がある。一つは「パレスチナ・西岸に生きるということ~あるいは次の瞬間死ぬということ」と題する安田菜津子のルポルタージュ記事、もう一つは「ショアーからナクバへ、世界の責任」と題する高橋哲哉の講演記録で、こちらはイスラエルによるパレスチナ人迫害について原理的な考察を行っている。

安田は、昨年末から今年の正月にかけて西岸のジェニン難民キャンプに滞在したときの体験を踏まえて、イスラエル側による暴力がいかにひどいか、怒りをもって語っている。その暴力は10・7以前から日常的になされてきたが、10.7以降は入植者たちによる暴力も加わり、すさまじいまでの様相を呈している。こうした事態を日本を含めた国際社会が見逃しているのは「私には理解できません」と安田は言う。

安田はまた、ガザについて、「今回の侵攻以前から尊厳ある暮らしを保つことが困難だった上に、今現在も続く攻撃により、学校や病院、道路、生活に欠かせないインフラはことごとく破壊され、これまで以上に居住不可能な空間となってしまった」としたうえで、「これを民族浄化と言わず、なんと呼べるだろう」と問題提起している。

日本人は、中東のことにはあまり関心を持たず、政府は政府でアメリカに追従するだけなので、パレスチナで起きている人権侵害に対しては無頓着になる傾向がある。安田のような人がもっと声をあげて、事実を冷静に伝えることが重要だと、これは身に染みて感じた次第である。

高橋は、イスラエル国家とパレスチナ人の対立について、きわめて原理的な考察を加えている。高橋は、ユダヤ人の過去の受難をショアーと呼び、パレスチナ人の受難をナクバと呼ぶ。皮肉なことに、かつて迫害されたユダヤ人が、いまではパレスチナ人を迫害している。ユダヤ人がもしショアーを人倫に反したものとして批判するのであれば、自分たちが受けてきた苦しみをパレスチナ人に与えるようなことはできないはずだ。ところが彼らは、平然としてパレスチナ人を迫害している。

高橋はイスラエル国家を「入植者植民地主義国家」の典型だとみている。大戦後の「建国」事態がそうした性格を持っており、現在も西岸地区への入植を続けている。西岸へのユダヤ人の入植者は70万人に達する。そうした入植をイスラエル国家は、日本の憲法に相当する基本法で根拠づけている。その基本法によって、イスラエル政府は「入植推進の義務を課せられている」。だからイスラエル政府は、抵抗するパレスチナ人を迫害してユダヤ人の入植を進めているわけである。要するにイスラエル国家は、パレスチナ人に対する暴力を容認しているといわざるを得ないのである。

そんなイスラエルをアメリカはじめ西側諸国は批判しない。それどころか応援している。高橋は西側諸国の中からドイツを取り上げて、その政治的なスタンスを批判する。ショルツ首相は、ハマスの「テロリスト」を厳しく非難する一方で、イスラエルの安全保障はドイツのレゾン・デタだと言って、イスラエルの蛮行を容認している。ハーバーマスらの知識人もまた、イスラエルに対しては批判することはしない。彼らは、ユダヤ人やイスラエル国家を特別視するあまり、パレスチナ人の尊厳への認識が消えてしまっている、と高橋は言って強く批判するのである。

高橋は、ジェノサイドや人権に対する罪を許さないためには、「人間の尊厳」についての国際的な共通認識が必要だとみている。人間の尊厳は、すべての人間に共通したものだ。ユダヤ人の安全保障のために、パレスチナ人の人間としての尊厳が踏みにじられていいわけがない。

高橋は最後に、日本もまた植民地主義の問題を抱えているという。アイヌモシリの北海道化と沖縄の軍事植民地化がそうだと言うのである。だから「植民地主義の克服は、日本と世界に共通の今日的課題である」と高橋は言うのだ。








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