もう一つのわが青春 落日贅言

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過日、「アルチュール・ランボーとわが青春」と題して、小生の青春がアルチュール・ランボーにかなり影響された経緯を披露した。ランボーはなにしろ型破りな男であるから、接するものを夢中にさせずにはおかない。まして少年においてやである。だが、ランボー一点張りの少年時代を送った人間は、かなりいびつな生き方をすると思う。小生の場合には、ランボーにかぶれた度合いが強かったために、性格的にいびつなところが身についてしまったが、しかしランボー以外にも心酔するものはあったので、ランボー一点張りというわけでもなく、パッチワークのようないい加減なところもある。そこで今回は、ランボー以外に小生の心酔したものを紹介したいと思う。

高校時代、ランボー以外に小生の心酔したものはいろいろあるが、もっとも強烈だったのは、実存主義哲学と美術への嗜好性だった。実存主義哲学は、小生の自分なりの世界観を基礎づけるうえで大きな役割を果たしたと思う。また、美術への嗜好性は、中途半端な形でしぼんでしまったが、生涯にわたって小生の趣味の中核となった。それがあるおかげで、小生は自分なりの趣味ある生活を楽しめている。

まず、実存主義哲学とのかかわりについて。実存主義哲学というと、今日では時代遅れの思想扱いをされているが、小生の高校時代における日本では、西洋哲学のもっとも先進的な思想とみなされていた。サルトルがボーヴォアールを伴って来日し、日本の代表的な知識人と会談する様子がテレビ放映されたりした。だから、日頃哲学とは無縁な日本人も、名前くらいは知っていたし、また、その思想の概要も知っていたように思う。当時の日本人でもっともサルトルに通じていたのは加藤周一だったと思うが、加藤はけっこう多くの日本人に知られていたので、彼の発信を通じて、日本人は、実存主義とはなにかについておぼろげな認識を持っていたのではないか。

小生がサルトルを読んだのは、おそらくランボーかぶれの延長だったように思う。ランボーの生き方には、人間の実存性を考えさせるようなところがあるので、そこから実存主義哲学に導かれるというのは不自然なことではない。だが、サルトルを読むといっても、高校生にとってはやさしいことではない。短編小説や戯曲の類は、実存的な気分で嚙み砕くことができたが、哲学論文は高校生の頭では咀嚼できない。西洋哲学には独特の風儀があって、それがわかっていないと、言葉遣い一つまともに理解できないのだ。だから、普通は挫折してしまうのだが、そこをなんとかくらいついていると、そのうちなんとなくわかってくる。小生の場合には、デカルトにさかのぼって哲学を読み、そこから西洋哲学の思考のスタイルというものを身に着け、それをもとにサルトルなど同時代の哲学に立ちむかっていった。同時代の西洋哲学は、当時の日本人にとっては、サルトルを中心とした実存主義哲学だったわけで、その実存主義哲学を読むことによって、西洋的な知のスタイルを体得したわけだ。尤も小生は哲学の専門家にはならなかったから、実存主義はあくまでも、世界における自分の立ち位置みたいなものを感じさせてくれるものとして役立ったというに過ぎない。

実存主義はともかく、哲学について語りだすときりがないので、これくらいにしておきたい。最小限言いたいのは、少年時代に、ランボーとか実存主義とかにかぶれたおかげで、かなり世間離れした姿勢、というか性格を身に着けてしまったということだ。だが、それは非社会的な性格というわけではない。小生は小生なりに社会的な関心をもっていたし、その関心を意識的に昇華させる努力もした。その際に、ルソーが決定的な意義をもった。小生はルソーの社会理論を導きの星として、社会について考えるようになったのである。ルソーの社会理論には、人間主義的なところがあるから、これもランボーや実存主義哲学の延長上に位置付けることができるかもしれない。

ルソーの社会理論の特徴をごく単純化していうと、人間性の理想形を設定したうえで、現在の人間のあり方をその理想形からの逸脱と考え、その逸脱した状態から理想形へ復帰させることを以て社会理論の目的とした点だろう。こうした考え方は、マルクスの疎外論と相通じるものがある。小生は大学時代にマルクスにひかれたのであったが、それはいま思えば、ルソーの延長上での出来事だと言えるのではないか。

次に、美術への小生の嗜好性について語りたい。小生は、大学受験は東京芸大にしぼり、失敗したという経験がある。なぜ失敗したのか、そのわけを話したうえで、小生の美術へのこだわりが生涯衰えなかった経緯を披露したい。

小生の在籍した高校にはクラブ活動の制度があって、大部分の生徒はなんらかのクラブに属していた。小生は美術クラブに属していた。あまり熱心なメンバーではなく、時折参加して石膏像の鉛筆デッサンなどをやっていた。美術クラブに入ったきっかけは、美術の授業だった。授業の担当教員が美術クラブの指導者をやっていて、お前には多少の素質があるようだから、クラブに入れと誘ってくれたのである。

そのうち卒業後の進路を決める時期を迎え、小生は芸大受験の意思を表明した。すると美術クラブの指導教員が、いまのお前の腕では到底芸大は受からないから、専門の塾に入って準備するがよいと言ってくれた。その教員は、仲間とともに船橋に美術塾を運営していたので、そこに入るように言われたのだった。塾に入ったのは高校三年のことだったように記憶する。一年足らずの間に、東京芸大に受かるだけの技術を身につけねばならない。だが、小生はあまり熱心な塾生ではなかった。原則毎週通うことになっていたが、おそらく半分くらいしか通わなかったと思う。塾には、高校の一年後輩の女子生徒が通っていて、塾が終わると一緒に電車に乗って佐倉へ戻ったものだ。その女子生徒は、佐倉小学校の美術の教員の娘だった。彼女の母親は、佐倉中学校の美術教員の妹であり、要するに彼女は、美術に非常に縁の深い環境で育ったわけだ。彼女の父親の個展を見にいったことがあるが、岩絵の具でカエルばかり描いていた。かれの作品は佐倉市の美術館で所蔵しているそうである。

受験の結果は不合格だった。それも一次試験で落ちた。合格発表の現場には、高校の美術教員も来てくれたが、落第を確認すると小生に次のように言った。お前には美術の才能があるようには見えないから、来年受けても落第する可能性が高い。お前は勉強はできるのだから、早稲田でも慶応でも入れるではないか。来年は普通の大学を受けた方がよい。こう言われて小生はショックだった。だが、自分の非才は認めざるを得ないので、思い切ってあきらめることにした。結局小生は浪人の身に陥ってしまったわけだ。このままどこかの会社に就職しようかとも考えたが、母親が東京の予備校に入る手続きをしてくれたので、とりあえずはその予備校に籍を置いた。籍は置いたが、あまり熱心にはなれなかった。小生は国語や英語は得意で、いまさら予備校に期待するものはなかったし、不得意な数学は、予備校の教師の下手な授業では満足できなかったからだ。というのも、小生は、数学については、当時数二Aといって、簡易なコースしか受けておらず、受験に必要な基礎能力を持っていなかったのだ。小生は数学が嫌いだったので、そんな甘い選択をしたのだった。それなのに、翌年の大学受験では東大を目指した。父親から、国立大学に行けと言われたからだ。

そんなわけで、独力で数学の勉強をした。その結果、予備校合同の模擬試験では数学も高得点をとり、東大にも合格できる目途がついたように思われた。いざ受験を前にして、高校に成績証明を取りにいったところ、たまたま数学の担任教師がいて、おまえは東大を受けるそうだが、東大受験に必要な数学の課程を受けていないから難しいだろうと言った。そこで小生は、なんとしても合格して見せねばなるまいと思ったのだった。しかし、結果は不合格だった。だが、早稲田には合格できたので、そちらに入ることはできた。ともあれ、息子が大学生になることができて、母親が一番喜んでいた。合格祝いというわけか、歌舞伎座の芝居見物に連れて行ってくれたほどだ。

こんな具合で、小生のもう一つのわが青春も、あまり芳しいものではなかった。失敗の連続と言ってよかった。だがその失敗を無駄なことだとは思っていない。哲学趣味は自分の生き方を豊かにしたと思っているし、美術趣味のほうも生涯の趣味となった。小生はスケッチブックを抱えて街を歩くのが好きだったし、いまでも好きである。老後になって「東京を描く」というホームページを立ち上げ、それにスケッチをもとに描いた水彩画を掲示するようになった。人に見てもらうとやりがいも増えるだろうと思ったのである。そのホームページの英文のポータルサイトには、美術によって老後の暮らしが豊かになったことを記している。いまその一部を参考までに紹介したい。

Welcome to my home page.
I am a sunday artist who loves to draw and paint
as well as to take pictures of townscapes in Tokyo.
Having grown up in Tokyo and it's suburb,
graduated from a university in Tokyo and taken a job for an office in Tokyo,
I have lived, learned and worked there for almost all my life.
So I can't help loving the city and people living there.





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