トーマス・ゲインズバラは、英国の絵画史上初の本格的画家である。その前にホガースが出現して、イギリスの最初の国産画家と言われたものだが、ホガースは版画のほうが有名で、彩色画は平凡だった。ゲインズバラは、油彩画を得意とし、人物画や風景画に優れた作品を残した。
ゲインズバラは若いころから絵画の才能を示した。かれはサフォーク地方に生まれ育ち、そのサフォークの風景を描くことから画家としてのキャリアを始めた。サフォーク地方はほとんど起伏のない平坦な地で、そのまま描いたのでは構図が単純になるのだが、その欠点を意識したゲインズバラは、樹木や湖沼などを適宜組み合わせることで、変化のある構図を工夫した。
ゲインズバラの初期の傑作として「アンドリューズ夫妻」があげられる。この絵はかれが二十四歳の時の作品である。その早熟ぶりがうかがえる。ゲインズバラはあまり豊かではなかったので、生活のために肖像画を描かねばならなかった。かれの画家としての活動は、大部分が肖像画の制作に費やされたのである。
肖像画にも優れた作品は多いが、今日ゲインズバラの名声を支えているのは風景画のほうである。ゲインズバラの画風は、肖像画にしろ風景画にしろ、ロイスダールらオランダの画家たちの模倣から始まった。
上の絵は、「サフォークの風景(Landscape in Suffolk)」と題するもので、ゲインズバラの初期の風景画の傑作。1746年頃から1750年にかけて制作された。基本的にはロイスダールの風景画の強い影響下にある。だが、ロイスダールの荘重さを感じさせる画風に比べ、これはやや軽快な感じを与える。絵の具の塗り方があっさりしているし、構図にも解放感がみられる。
サフォーク地方の平たんな地形を前にして、絵になるような光景と言えば、繫茂する樹木と湖沼くらいではないか。この絵も、池とその周囲の樹木を基本モチーフとし、それに空の雲と大地の対比をサブモチーフにしている。雲は非常に厚く、その厚い雲が地上に暗い影を落とす。
背景のはるかに深い部分には、狭い空間に平らな地平線が見え、その地平線に沿うように明るい家が建っている。画面右手前には、赤い服を着た女性がくつろいでいるが、その赤が画面に変化をもたらしている。
ともあれ、鬱蒼とした樹木やその間を地平線に向かって伸びる道などは、ロイスダールにもみられる構図である。
(1746―1750年 カンバスに油彩 65×95㎝ ウィーン、芸術史博物館)
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