ラース・フォン・トリアー「アンチ・クライスト」 不幸な夫婦関係

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ラース・フォン・トリアーの2009年の映画「アンチ・クライスト(Antichrist)」は、子どもを死なせた女の心の病とその夫との不幸な関係を描いた作品。この女はもともと心を病んでいたらしいのだが、子どもを死なせたことで病が悪化、狂乱状態になる。それを夫が治療しにかかる。夫はフロイト派のセラピストなのだ。ところが治療は全く功を奏しない。女はうつ病というようなものではなく、幻聴の症状などからして統合失調症と思われる。統合失調症に精神分析はきかない。フロイトがこの映画をみたら、お門違いのことを描いていると思うだろう。それにしてもタイトルの「アンチ・クライスト」は何を意味しているのか。この夫妻のことを、とくに妻のことを、日本人なら心を病んでいるというところだが、デンマーク人はキリストに背いていると捉えるのか。

前二作とは異なって、実写であるが、章立てのスタイルは踏襲している。プロローグとエピローグに挟まれて四つの章がある。プロローグでは、両親がセックスに夢中になっている間に、子どもが窓から転落して死ぬ。続く第一章は、「悲嘆Greef」と題して、妻の悲嘆のプロセスが描かれ、治療の手掛かりを求めて森に赴く。森は妻がもっとも怖い場所であり、そこに行けば精神に刺激がもたらされ、治療に良い効果があるかもしれないと思うからだ。

第二章は「痛みPain」と題して、妻の痛みと夫の治療が描かれる。妻は幻聴に苦しむことから、ただのうつ状態ではなく、統合失調症の可能性が高いと思わせる。第三章は「絶望 Despair」と題して、妻の絶望が描かれる。しかし性欲は失っていない。激しくセックスしながら、妻は夫に殴ってほしいとねだる。自傷の症状だろう。また夫の脚にドリルで穴をあけ、小屋から逃げられないようにする。第四章は「三人の乞食 Three beggars」と題して、妻と夫の闘いを描く。夫は森へ逃げたところを妻に見つかり小屋へ連れ戻される。妻はセックスをねだりながら、自分のクリトリスを切断する。これも自傷の症状だろう。男にとって、ペニスの切断は大変なことだが、女にとってクリトリスの切除はたいしたことではないのか。ともあれ、妻をコントロールできなくなった夫は妻をレンチで遅い、首を絞めて殺す。

エピソードは、森の中でベリーを食う夫の表情を映し出す。この映画はタルコフスキーへのオマージュというメッセージが字幕であらわされる。この映画も、先行する作品と同じく、人間性への疑問をテーマにしているのだろうか。タルコフスキーには、人間性への疑問はそう感じられないのであるが。





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