奴隷船(The Slave Ship )と称されるこの絵は、もともとは「人間を海に放り投げる奴隷商人たちー近寄る台風(Slavers Throwing overboard the Dead and Dying--Typhon coming on)」と題されていた。台風に直面した奴隷貿易船が、奴隷たちを生死の別なく海上に放り投げるシーンを描いたものである。
ターナーは、1839年に出版された「奴隷貿易の歴史(The History and Abolition of the Slave Trade トーマス・クラークソン著)を読んで、そこに記されている奴隷船の行動に感銘をうけてこの作品を描いた。その奴隷船はゾン号といって、1781年に奴隷を載せてジャマイカに向かう途中台風に遭遇し、132人の奴隷を海中に放り投げた。その理由が、自然災害による場合には、保険が適用されないということだった。そこで船長は、奴隷が逃亡したという理由をでっちあがるために、かれらを海中に放り投げたようなのである。
そんなわけでこの絵は、ターナーの社会的な関心を示す作品である。かれはこの作品を、1840年のローヤル・アカデミー展に出品し、大きな反響があった。その反響の中には、奴隷制廃止論者による好意的な評価があった一方で、大英帝国にとって恥さらしな絵だというものもあった。
画面ほぼ中央に日没が描かれ、その光が海上や上空の雲に反射して、全体に赤の強烈な色彩感が台風のイメージに合致するような効果を発揮している。左手遠景に風と波しぶきをあびる帆船が描かれ、画面手前におぼれる奴隷たちが描かれる。とりわけ、右下には、奴隷の足と思われるものが波間に浮き、そのくるぶし部分には足かせがはめられている。その足に魚がくらいつき、また、かもめが周りを飛び回る。陰惨なイメージである。
(1840年 カンバスに油彩 91×123㎝ ボストン美術館)
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