美を読む

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「ぶらんこ(Les Hasards heureux de l'escarpolette)」と題されたこの作品は、フラゴナールの代表作であり、かれの最高傑作との呼び声も高い。これは、サン・ジュリアン男爵の依頼を受けて制作したものだが、たちまち評判を呼び、版画に印刷されて出まわったほどだ。

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「水浴する女たち(Les Baigneuses)」と題されたこの作品は、年期の記載がないが、イタリア留学から戻って間もないころの作品と思われる。絵の雰囲気が、イタリア留学後の作品「 コレシュスとカリロエ」によく似ている。

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フラゴナール(Jean Honoré Fragonard 1732-1806)は、ロココ美術最後の巨匠である。ロココ美術最大の特徴である優雅で絢爛で神話的なモチーフを描き、時代の好みに応えた。彼の全盛期は、ルイ16世の治世時代と重なっている。そのルイ十六世が体現していた時代の精神を美術の世界で表現したのがフラゴナールであった。そんなわけでフランス革命がおこり、ルイ十六世が首をちょん切られると、フラゴナールの時代も終わった。かれは最晩年に、アカデミーの幹部としての資格で、ルーヴル宮殿に住むことを許されたが、1805年にそこを追い出され、翌年に死んだ。

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シャルダンは、晩年に肖像画を多く手掛けるようになる。それには視力が極端に低下したことが指摘されている。絵の具に含まれている金属類の影響らしい。そのため、写生が不如意になり、そのかわりとして肖像画に注力したようだ。その肖像画の多くをシャルダンは、油絵の具ではなく、パステルで描いた。パステルは油絵の具ほど有害ではないとされていかたらだ。

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シャルダンは、キャリアのスタート時には静物画をよく描いたが、全盛期には風俗画に重点を移し、静物画はあまり手がけなくなった。ところが晩年になると、再び静物画に注力するようになる。シャルダン晩年の静物画は、構図的には非常にシンプルなものになり、色彩の暖かい雰囲気のものが多い。近代美術における静物画の伝統に直接つながるものである。

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「食膳の祈り(Bénédicité)」と題されたこの作品は、シャルダンの風俗画の最高傑作と言うべきもの。シャルダンは、1740年に国王ルイ15世に謁見した際、これを献上品として持参した。この図柄そのものは、複数制作されており、その一部はすでに世間の評判になっていた。そこでシャルダンはその図柄で新しいものを制作し、国王に献上したと考えられている。

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「独楽を回す少年(Garçon avec un haut)」と題したこの作品も、「トランプの城」同様に、肖像画的な風俗画とも、風俗画的な肖像画ともとれるものである。やはり、一人で遊びに夢中になる少年を描いている。

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「トランプの城(Le château de cartes)」と題されたこの作品も、シャルダンの風俗画の傑作。ほとんど同じ構図の絵が複数残っている。中には向きが逆で、モデルが女性のものもある。この構図にシャルダンがこだわった理由はよくわからない。

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シャルダンは、静物画とともに風俗画をも得意とした。「手紙に封をする婦人(Femme occupée à cacheter une lettre)」と題したこの作品は、シャルダンの風俗画の初期の代表作である。1940年のサロンに出展したが、完成したのは1933年のことだという。

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ジャン・シメオン・シャルダン(Jean-Baptiste Siméon Chardin 1699-1079)は、ロココ時代に活躍した画家であるが、いわゆるロココ風とは一線を画し、静物画や風俗画といった卑近な画題について、極めてリアリスティックな画境を追求した。時代の流れとは離れていたわけである。しかしどういうわけか各方面から高い評価をうけた。ロシアのエカテリーナ女帝が、サンクトペテルブルグの宮殿を、かれの作品で飾ろうとしたことは有名な逸話である。

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ポンパドゥール夫人は、フランス国王ルイ十五世の公妾として、宮廷サロンを主宰し、学者や芸術家を庇護したことで知られる。フランスのロココ文化の華というべき女性である。もともと平民の出身であり、徴税請負人と結婚したのであったが、美しい女に目がなかったルイ十五世の心をとらえ、夫と別居して、国王の妾となったのであった。

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「ヴィーナスの化粧(La Toilette de Vénus)」は、かつてポンパドゥール夫人の浴室兼化粧室の壁を飾っていた。「水浴のディアナ」もその部屋に一緒に飾られてあったという。この絵は、三人のキューピッドを従えたヴィーナスをモチーフにしている。ヴィーナスは、ブーシェ得意のモチーフで、繰り返し手がけている。

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「水浴のディアナ(Diane sortant du bain)」と題されたこの作品は、「ヴィーナスの勝利」と並んで、ブーシェの最高傑作というべきもの。1742年のサロンに出展され、その際には「女従者とともに水浴を終えるディアナ」と題されていた。その後、簡略化され、「水浴を終えるディアナ」となった。日本では「水浴のディアナ」と呼ばれる。

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「ヴィーナスの勝利(Le Triomphe de Vénus)」と題するこの作品は、ブーシェの最高傑作と呼ぶべきもの。かれはこれを1740年のサロンに出展した。その後、スウェーデンの駐仏大使で美術収集家だったカール・テッシンに買い取られ、更にスウェーデンの国家予算で買い取られた。テッシンが発注したとの説もある。

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ブーシェは、神話や伝説に題材をとった優雅でかつ壮大な作品が得意だったが、同時代の風俗を描いた作品もある。「昼食(Le déjeuner)」と題されたこの作品は、かれの風俗画の代表的なもの。ブルジョワ家族の昼食の一コマを描いている。

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ヴィーナスとその夫ヴォルカンをモチーフにした作品を、ブーシェはいくつも作っている。年代も長きにわたっている。「ヴィーナスとヴォルカン(Vénus et volcan)」と題したこの作品は、もっとも初期のもの。ローマ賞を受賞した翌年の1732年に制作している。

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フランソワ・ブーシェ(François Boucher 1703-1770)は、ヴァトーより一世代後の、ロココ最盛期を代表する画家である。芸術上の運動としてのロココは、フランスの宮廷を中心として発展したのだったが、ヴァトー自身は、民間のパトロンの庇護を受けるにとどまり、宮廷社会とは距離があった。それに対してブーシェ、宮廷の厚い庇護を受け、いわば宮廷画家としての名誉を享受した。その画風は、ロココのなかでももっともロココらしいといわれるように、華麗で絢爛なものであった。

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パリスの審判はギリシャ神話に取材したモチーフで、ルネサンス以降多くの画家が描いてきた。有名なものとしては、クラナッハとルーベンスのものがある。両者とも、ヴィーナス、ミネルヴァ、ジュノーの三人を並べて描いている。それに対してヴァトーのこの作品は、ヴィーナスに焦点が当てられ、ほかの二人の女神はわき役に撤している。

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アントワーヌ・ヴァトーの作品「ジェルサンの看板(Enseigne de Gersaint)」は、彼の晩年の傑作であり、「シテールへの船出」と並んでフランスロココ美術の頂点をなすものとの評価が高い。

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「フランス喜劇の恋( L'amour au Théâtre Français)」は、ヴァトーの数多くの演劇趣味のうちの一作。舞台上と思しき場所に、劇団の一座が集合した場面。よく数えていると、劇団員は16人いて、それらが半円状に並んでいる。その中心にいるのは、画面やや左手に立っている女性。彼女の視線の先には色男がおり、彼女とその色男のやりとりを、まわりのものらが見ているという構図である。

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