美を読む

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レオナルド・ダ・ヴィンチは1452年にトスカナ地方の村ヴィンチに生まれ、17歳の頃、フィレンツェの画家・彫刻家アンドレア・デル・ヴェロッキョの工房に弟子入りして画家としての修行を始めた。レオナルドは早くから絵の才能を示し、ヴァザーリを通じて彼の才能を知ったヴェロッキョが、その才能を伸ばしてやるようにレオナルドの父親を説得したのだった。

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レオナルド・ダ・ヴィンチ(Leonardo da Vinci)は、イタリア・ルネサンスを象徴するような人物であるばかりか、人類史に屹立する偉大な人間である。絵画の歴史においても、偉大な業績を残している。彼はイタリア・ルネサンス芸術を代表する画家であり、人類の絵画史上において最も偉大な画家ともいえるのだ。

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システィナ礼拝堂壁画「最後の審判」の最下列右側は地獄に落とされた人々を描いている。これら呪われた人々は、渡し守カロンによって船で三途の川を渡され、地獄の入口でミノスに引き渡される。するとミノスは、人々の罪状に応じて、地獄のなかの各部分に割り当てるのだ。そのミノスの有様をダンテの「神曲」は次のように記述している。

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システィナ礼拝堂壁画「最後の審判」の最下列は、そのすぐ上の列と密接に対応している。即ち、左側については、上の列が祝福された人々を描いているのに対応して、下の列は復活した死者がイエス・キリストの呼びかけに応えて起き上がる場面を描いている。一方右側については、上の列でキリストから呪われた人々が、下の列では地獄へ引き渡される場面を描いている。

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システィナ礼拝堂壁画「最後の審判」の三列目右側は、呪われた人々を描いている。彼らは天使の吹くラッパに促されてイエス・キリストの前にやってきたはいいけれど、キリストから「のろわれた者どもよ」と呼ばれ、悪魔のもとへ去るように命じられる。

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システィナ礼拝堂壁画「最後の審判」の上から三列目には、中央にラッパを吹く天使たちを描き、その左右に多くの人々を配置している。そのうち向かって左側は「祝福された人々」、右側は「呪われた人々」と解釈できる。というのも、イエスが天使たちにラッパを吹かせると、右手に(画面左側に)集まって来た人々に向かって「わたしの父(神)に祝福された人々よ」と呼びかけ、左手に集まって来た人々には「呪われた者どもよ」と呼びかけているからである(マタイ伝26章)。

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最後の審判あるいは世界終末の日に当たって、天使たちがラッパを吹いて合図をしたという記事は、福音書と「ヨハネの黙示録」の双方にある。このうち黙示録の記事にある七人の天使の吹くラッパがより知られているが、ミケランジェロがこの絵の中で示したイメージは、福音書に依拠しているように思える。その部分についてマタイ伝は、つぎのように記している。

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「最後の審判」の壁画の最上列、すなわちキリストの頭上にあたる部分には、キリストの受難にかかわりのあるものを持った天使たちが描かれている。それらは、福音書が伝えるキリスト最後の場面において、キリストが架けられた十字架、十字架に架けられるに先立って鞭打たれたときの鞭打ちの為の円柱、そしてゴルゴダの丘に向かう道で頭にかぶせられた冠である。

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キリストの左手、画面向かって右側にも、聖人たちの群像が描かれている。ところがこの部分については、マタイ伝には次のように記述されている。

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キリストと同じ第二列に配されているのは聖人たちである。これは向かって左の列にいる聖人たち。キリストから見て右側の人々である。この人々についてマタイ伝は、次のように記述している。

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システィナ礼拝堂の天井画を完成させた1512年には、ミケランジェロはまだ三十台の若さだった。その若さにして、彼はフィレンツェのダヴィデ像や、サン・ピエトロ寺院のピエタ像をも完成させており、当時のヨーロッパにおける最高の芸術家としての名声を確立したのであった。そんな彼に、天井画に続きシスティナ礼拝堂を飾る作品の注文が来たのは、1534年頃のことであった。そして製作に取り掛かったのが1536年。ミケランジェロは60歳になっていた。完成させたのは四年後の秋、天井画のお披露目記念日と同じ日のことである。このあらたな作品のテーマは「最後の審判」である。

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システィナ礼拝堂の天井画は、天井中心部を飾る創世記の逸話を描いた部分、それを囲む預言者たちの像の部分に接して、更にその外周部に三角形で囲まれた部分がある。その三角形の部分のうち、天井の四隅にあたるところ(ペンデンティヴと呼ばれる)に、ミケランジェロは、旧約聖書の中の、ユダヤ人の救済についてのエピソードを描いた。「ユディットとホロフェルネス」はその一つである。

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システィナ天井画のなかで、預言者ヨナの対角線上、つまり西側の壁の上部に描かれているのが「預言者ザカリア」の像である。ミケランジェロがシスティナ礼拝堂の天井に描いた七人の預言者のうち、唯一新約聖書に出てくる人物である。

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システィナ礼拝堂天井画のなかで、「最後の審判」の上部に描かれているのが「預言者ヨナ」である。預言者ヨナは、異教徒たるニネヴェの民への改心の進めや、それに続くニネヴェの陥落とアッシリアの滅亡を予言した人として知られるが、それ以上に、巨大な魚の腹の中に飲み込まれた話が、「ヨナ書」を通じて、ことのほか有名である。

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デルポイはパルナッソス山の麓にあって、アポロンを祭る神殿があったことで有名である。そこにはアポロンの神託を伝える巫女がいて、ギリシャ全土から人々が集まってきては、巫女の口からアポロンの神託を聞いたという。プルタルコスは、ギリシャの歴史において最も古い起源を有する巫女としている。

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イザヤは、旧約の預言者のなかで最も偉大な預言者といわれる。旧約の数ある預言書の中で最初に来るのはイザヤの予言を記した「イザヤ書」である。また彼は、キリスト教徒にとってとりわけ評判が高い。というのも、キリストの登場とキリストによる救済を最初に予言したのがイザヤだとされているからである。

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クマエの巫女は、ウェルギリウスの「アエネーイス」に冥界への案内者として登場する。また、ローマの神話では、アポロンから1000年の寿命を授けられたが、若さを保つ方法を授からなかったので、年をとって皺くちゃとなり、やがて萎んでいったと伝えられている。

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ダニエルはバビロンに捕囚された預言者で、その類稀な能力によって、ネブカドネサル、ペルシャザール、ダレイオスという三代のバビロン王に重用された。「ダニエル書」は、ダニエルの足跡を記すとともに、世界の終末についてのダニエルの予言を記述したものである。

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リビアの巫女とは、リビア砂漠のオアシス都市シワでゼウスの神託を人々に伝えていたフォモノエーという名の女性だったとされる。パウサニアスによれば、不死のニンフと人間の男とのあいだに生まれたといい、また他の伝説によれば、ゼウスがラミアに生ませた子だともいう。そういう神話的な伝説が物語るように、シビュラの中でもっとも古い時代の人である。

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「ヨエル書」は、十二編からなる小預言書の二番目に位置するものである。時代背景についての記述がないに等しいので、いつの時代に書かれたのか厳密なことがわからない。バビロン捕囚以前に書かれたという説や、もっと新しい時代のものだとする説が入り混じっている。

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