井上靖の小説「あすなろ物語」を読んだ。先日読んだ「しろばんば」がなかなか面白かったので、やはり井上の自伝的小説として名高いこの作品も読んで見ようという気になったのである。だが読後感は、期待していたほどのものではない、と言うのが正直なところだ。「しろばんば」に比べて非常に粗削りだし、自伝的小説と言うより、自伝そのものを読まされているような気がした。「しろばんば」にくらべると、文学的な香気というものが足りない、そんな印象を持った。
日本文学覚書
井上靖の自伝的小説「しろばんば」には、古き良き時代の日本の子どもたちが生き生きと描かれている。それを読んでいると、非常に複雑な気持ちにさせられる。かつては、日本のどんな片隅でも見られたこうした子どもたちの風景は、今では殆ど見られなくなってしまった。そんな半分哀惜の感情と懐かしさの感情とが入り混じる不思議な気持ちにさせられるのだ。
井上靖は自伝的な小説をいくつか書いているが、「しろばんば」は彼の幼年時代を書いたものだ。井上が特異な幼年時代を過ごしたことは、彼の母親とのかかわりを描いた映画「わが母の記」で知ったところだったが、映画ではちらりとだけ言及されていた「おぬい婆さん」との共同生活が、「しろばんば」では実に情緒豊かに描かれていて、筆者は読みながら大きな感動に包まれた。
丸谷才一さんは折口信夫に随分熱中しているのだそうだ。なにしろ、古本屋の店先で「哲学入門」という本を見かけると、「折口学入門」と読み違える程だというから、その熱中ぶりが察せられるというものである。
高橋源一郎を読んでみようという気になったのは、たしか内田樹の評論「村上春樹にご用心」を読んだのがきっかけだったような気がする。内田が村上と高橋を並べて、高橋もまたたいした作家のような言い方をするものだから、気になったのが始まりだ。そのうち、高橋本人の書いた文章を新聞で読んで、面白い人間のようだなと感心した。そこで、本格的な文章を読んでみる次第になったのだと思う。
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