古典を読む

教訓状:平家物語巻第二

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(平清盛像 六波羅蜜寺)

清盛打倒の陰謀が発覚し、自分に災厄が及ぶのを恐れた多田蔵人行綱が、清盛に密告した。怒った清盛は、成親を監禁し、西光を拷問の末虐殺した。西光の子、師高、師経兄弟も惨殺された。清盛は成親も殺そうとするが、嫡男の重盛が教訓して成親の命乞いをした(小教訓の章)。重盛は成親の妹を妻にしていたのである。

鹿谷:平家物語巻第一

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(平家物語絵巻から 鹿谷)

清盛は、娘の徳子を高倉天皇の后にすることで天皇家の外戚となり、その地位はますます高まる一方だった。清盛はその地位を利用して、官位の授与も思うがまま、平家の一族を重要なポストにつけた。それに反感を抱く人々が、平家打倒の動きに出る。巻第一「鹿谷」の章は、そんな動きを伝えるもので、やがて平家物語の前半をかざる僧俊寛たちの運命の序曲となる部分である。

祇王:平家物語巻第一

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(平家物語絵巻から 祇王)

権力の絶頂に上り詰めた清盛は、ますます傲慢になってゆく。そんな清盛の傲慢さを描く一方、その傲慢さに翻弄される白拍子たちの、怨念を超えた友情を育むさまを描いたのが、巻第一第六章の「祇王」である。平家物語の中でも、最も演劇的な部分の一つである。

禿髪:平家物語巻第一

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平家物語巻第一第四章「禿髪」は、清盛の絶大な権力を支えていた秘密警察のようなものについて語る。禿髪とは少年の髪型のことをいうが、そのような髪型で統一した警察部隊に都を巡回させ、平家に批判的な言動をするものを悉く弾圧した。平家の権力が磐石だったのは、こうした警察権力が機能して、対立勢力が成長しなかったからだ。

鱸:平家物語巻第一

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平家物語巻第一第三章「鱸」は、忠盛から清盛に至って平家が貴族として磐石の基盤を築いてゆくさまを語る。前半部分では、忠盛が貴族としての地位を確立するさまを、後半部分では忠盛の死後平家を継いだ清盛が、保元、平治の乱の勲功を経て宰相にのし上がるさまを語る。

殿上闇討:平家物語巻第一

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(平家物語絵巻から 殿上闇討)

冒頭に続いて、忠盛が平家一門興隆の基礎を築いてゆくさまが語られる。その最初のきっかけは、忠盛が三十三間堂を造営して鳥羽上皇に寄進したことで、昇殿を許される身になったことである。ところが忠盛の出世を喜ばない貴族たちが、忠盛の暗殺をたくらむ。「殿上闇討」の章は、そうした貴族たちの企みに忠盛がいかに対応したかについて語る。

祇園精舎:平家物語巻第一

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(平家納経から)

~祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響あり。娑羅双樹の花の色、盛者必衰のことはりをあらはす。おごれる人も久しからず、ただ春の夜の夢のごとし。たけき者も遂にはほろびぬ、ひとへに風の前の塵に同じ。

方丈記(十六)

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抑一期の月かげ傾きて、餘算の山の端に近し。たちまちに三途のやみに向はんとす。何の業をかかこたむとする。佛の教へ給ふ趣は、事にふれて執心なかれとなり。今草庵を愛するも、閑寂に着するも、障りなるべし。いかゞ要なき楽しみを述べて、あたら時を過さむ。

方丈記(十五)

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夫、三界は只心一つなり。心若しやすからずば、牛馬、七珍もよしなく、宮殿、樓閣も望みなし。今さびしきすまひ、一間の庵、みづからこれを愛す。おのづから都に出でゝ、身の乞食となれる事を恥ずといへども、帰りてこゝに居る時は、他の俗塵に馳することをあはれむ。若し人このいへる事を疑はゞ、魚と鳥とのありさまを見よ。魚は水に飽かず。魚にあらざれば、その心を知らず。鳥は林を願ふ。鳥にあらざれば其の心をしらず。閑居の氣味もまた同じ。住まずして誰かさとらむ。

方丈記(十四)

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夫、人の友とあるものは、富めるをたふとみ、懇ろなるを先とす。必ずしも情あるとすなほなるとをば不愛。只絲竹、花月を友とせむにはしかじ。人の奴たるものは、賞罰のはなはだしく、恩顧厚きを先とす。更にはぐくみあはれむと、やすくしずかなるをば願はず、只わが身を奴婢とするにはしかず。いかが奴婢とするならば、若しなすべきことあれば、すなはちおのづから身をつかふ。たゆからずしもあらねど、人を従へ、人をかへりみるよりはやすし。若し歩くべき事あれば、みづから歩む。苦しといへども、馬鞍、牛車と心を悩ますにはしかず。

方丈記(十三)

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おほかた、この所に住みはじめし時は、あからさまと思ひしかど、いますでに五年を經たり。假の庵もやゝふるさととなりて、軒に朽葉深く、土居に苔むせり。おのづからことの便りに都を聞けば、この山にこもり居て後、やむごとなき人のかくれ給へるもあまた聞ゆ。ましてその數ならぬたぐひ、尽くしてこれを知るべからず。たびたび炎上にほろびたる家、またいくそばくぞ。たゞ仮の庵のみ、のどけくして恐れなし。程狭しといへども、夜臥す床あり、昼居る座あり。一身を宿すに不足なし。かむなはちひさき貝を好む、これ事知れるによりてなり。みさごは荒磯に居る、則ち人を恐るゝが故なり。われまたかくのごとし。事を知り世を知れれば、願はず、わしらず、たゞしづかなるを望みとし、うれへ無きを楽しみとす。

方丈記(十二)

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又、ふもとに一つの柴の庵あり。すなはちこの山守が居る所なり。かしこに小童あり、時々來りてあひとぶらふ。若しつれづれなる時は、これを友として遊行す。かれは十歳、われは六十、その齡ことの外なれど、心を慰むること、これ同じ。或は芽花をぬき、岩梨をとり、ぬかごをもり、芹をつむ。或はすそわの田居にいたりて、落穂を拾ひて穂組を作る。若しうらゝかなれば、嶺によぢのぼりて、はるかにふるさとの空を望み、木幡山、伏見の里、鳥羽、羽束師を見る。勝地は主なければ、心を慰むるにさはりなし。歩み煩らひなく、心遠くいたる時は、これより峯つゞき、炭山を越え、笠取を過ぎて、或は岩間にまうで、或は石山を拝む。若しは粟津の原を分けつつ、蝉丸翁が迹をとぶらひ、田上川を渡りて、猿丸大夫が墓をたづぬ。歸るさには、折につけつゝ櫻を刈り、紅葉を求め、蕨を折り、木の實を拾ひて、かつは佛に奉り、かつは家づととす。

方丈記(十一)

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その所のさまをいはゞ、南にかけひあり、岩を立てて水をためたり。林の木近ければ、爪木を拾ふに乏しからず。名を音羽山といふ。まさきの蔓跡うづめり。谷しげゝれど、西はれたり。觀念のたよりなきにしもあらず。春は藤波を見る。紫雲のごとくして、西方ににほふ。夏は郭公をきく。語らふごとに、死出の山路を契る。秋は日ぐらしの聲耳に満てり。うつせみの世を悲しむかと聞ゆ。冬は雪をあはれぶ。積り消ゆるさま、罪障にたとへつべし。

方丈記(十)

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こゝに六十の露消えがたに及びて、更に末葉のやどりを結べる事あり。いはゞ狩人の一夜の宿をつくり、老いたる蚕の繭を営むがごとし。是を中ごろのすみかにならぶれば、また百分が一に及ばず。とかくいふほどに、齢は歳々に高く、すみかはをりをりに狭し。その家のありさま、世の常にも似ず、廣さはわづかに方丈、高さは七尺がうちなり。所を思ひ定めざるがゆゑに、地を占めて作らず。土居を組み、うちおほひを葺きて、継ぎごとにかけがねをかけたり。若し心にかなはぬ事あらば、やすく外へ移さむがためなり。その改め作る事、いくばくの煩ひかある。積むところわづかに二輌、車の力を報ふほかは、さらに他の用途いらず。

方丈記(九)

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我が身、父方の祖母の家を伝へて、久しく彼の所に住む。其後縁欠け、身おとろへ、しのぶかたがたしげかりしかど、つひにあととむる事を得ず。三十餘りにして、更にわが心と一の庵をむすぶ。是をありしすまひにならぶるに、十分が一なり。居屋ばかりをかまへて、はかばかしくは屋を作るに及ばず。わづかに築地を築けりといへども、門を建つるたづきなし。竹を柱として、車を宿せり。雪降り風吹くごとに、あやふからずしもあらず。所、河原近ければ、水難も深く、白波のおそれも騒がし。

方丈記(八)

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すべて世中のありにくゝ、わが身とすみかとのはかなくあだなるさま、又かくのごとし。いはむや、所により、身のほどにしたがひて、心を悩ますことは、不可計。

方丈記(七)

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又同じころかとよ、大地震振ること侍りき。そのさま、世の常ならず。山は崩れて河を埋み、海は傾きて陸地をひたせり。土さけて水わきいで、巌われて谷にまろびいる。渚漕ぐ船は浪にたゞよひ、道ゆく馬は足の立ちどをまどはす。都のほとりには、在々所々、堂舍廟塔、ひとつとして全からず。或は崩れ、或は倒れぬ。塵灰立ち上りて、盛りなる煙の如し。地の動き、家の破るゝ音、雷にことならず。家の中に居れば、忽にひしげなんとす。走り出づれば、地われさく。羽なければ、空をも飛ぶべからず。龍ならばや、雲にも乗らむ。恐れのなかに恐るべかりけるは、たゞ地震なりけるとこそ覺え侍りしか。

方丈記(六)

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いとあはれなる事も侍りき。さりがたき妻、をとこ持ちたるものは、その思ひまさりて、かならずさきだちて死ぬ。その故は、我が身をば次にして、人をいたはしく思ふあひだに、まれまれ得たる食物をも、かれに譲るによりてなり。されば、親子あるものは、定まれる事にて、親ぞ先立ちける。又母の命つきたるを知らずして、いとけなき子の、その乳を吸ひつゝ臥せるなどもありけり。

方丈記(五)

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又養和のころとか、久しくなりておぼえず、二年が間、世中飢渇して、浅ましき事侍りき。或は春夏ひでり、或は秋、大風、洪水など、よからぬ事どもうち続きて、五穀ことごとくならず。むなしく春かへし、夏植うるいとなみありて、秋刈り冬收むるそめきはなし。

方丈記(四)

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又治承四年水無月の頃、にはかに都遷り侍りき。いと思ひの外なりし事なり。おほかた此の京のはじめを聞ける事は、嵯峨の天皇の御時、都と定まりにけるよりのち、すでに四百歳を經たり。ことなるゆゑなくて、たやすく改まるべくもあらねば、これを世の人やすからず憂へあへる、実にことわりにも過ぎたり。

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