古典を読む

はいずみ(二):堤中納言物語

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見れば、あてにこゝしき人の、日ごろ物を思ひければ、少し面瘠せていとあはれげなり。うち恥ぢしらひて、例のやうに物言はで、しめりたるを、いと心苦しう思へど、さ言ひつれば、言ふやう、 

はいずみ(一):堤中納言物語

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下わたりに、品賤しからぬ人の、事も叶はぬ人をにくからず思ひて、年ごろ經るほどに、親しき人の許へ往き通ひけるほどに、むすめを思ひかけて、みそかに通ひありきにけり。珍しければにや、初めの人よりは志深く覺えて、人目もつゝまず通ひければ、親聞きつけて、 「年ごろの人をもち給へれども、いかゞせむ」 とて許して住ます。

花々のをんな子(四):堤中納言物語

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内裏にも參らず徒然なるに、かの聞きし事をぞ、「その女御の宮とて、のどかには」、「かの君こそ容貌をかしかなれ」など、心に思ふこと、歌など書きつゝ、手習にしたりけるを、又、人の取りて書きうつしたれば、怪しくもあるかな。これら作りたるさまも覺えず、よしなき物のさまかな。虚言にもあらず。世の中にそら物語多かれば、實としもや思はざるらむ。これ思ふこそ妬けれ。

花々のをんな子(三):堤中納言物語

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この女たちの親、賤しからぬ人なれど、いかに思ふにか、宮仕へに出したてて、殿ばら、宮ばら、女御達の御許に、一人づゝ參らせたるなりけり。同じ兄弟ともいはせで、他人の子になしつゝぞありける。この殿ばらの女御たちは、皆挑ませ給ふ御中に、同じ兄弟の別れて候ふぞ怪しきや。皆思して候ふは知らせ給はぬにやあらむ。好色ばらの、御有樣ども聞き、嬉しと思ひ至らぬ處なければ、此の人どもも知らぬにしもあらず。 

花々のをんな子(二):堤中納言物語

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命婦の君は、 「蓮のわたりも、此の御かたちも、この御方など、いづれ勝りて思ひ聞え侍らむ。にくき枝おはせじかし
  はちす葉の心廣さの思ひにはいづれと分かず露ばかりにも」。
六の君、はやりかなる聲にて、 「瞿麥を床夏におはしますといふこそうれしけれ 
  とこなつに思ひしげしと皆人はいふなでしこと人は知らなむ 」
と宣へば、七の君したりがほにも、 
刈萱のなまめかしさの姿にはそのなでしこも劣るとぞ聞く 
と宣へば、皆々も笑ふ。 

花々のをんな子(一):堤中納言物語

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其のころの事と數多見ゆる人眞似のやうに、かたはら痛けれど、これは聞きし事なればなむ。賤しからぬすきものの、いたらぬ所なく、人に許されたる、やんごとなき所にて、物言ひ、懸想せし人は、この頃里に罷り出でてあなれば、實かと往きて氣色見むと思ひて、いみじく忍びて、唯小舍人童一人して來にけり。近き透垣の前栽に隱れて見れば、夕暮のいみじくあはれげなるに、簾捲き上げて、「只今は見る人もあらじ」と思ひ顔に打解けて、皆さまざまにゐて、萬の物語しつゝ、人のうへいふなどもあり。はやりかにうちさゝめきたるも、又恥しげにのどかなるも、數多たはぶれ亂れたるも、今めかしうをかしきほどかな。 

あさましき事は、今の一人の少將の君も、母上の御風よろしきさまに見え給へば、「彼所へ」と思せど、「夜など、きと尋ね給ふ事もあらむに、折節なからむも」と思して、御車奉り給ふ。これはさきざきも、御文なき折もあれば、何とも宣はず。例の清季參りて、 「御車」 といふを、申し傳ふる人も、一所はおはしぬれば、疑ひなく思ひて、 「かく」 と申すに、これも「いと俄に」とは思せど、今少し若くおはするにや、何とも思ひ至りもなくて、人々御衣など著せ換へ奉りつれば、我にもあらでおはしぬ。

權少將は、大將殿のうへの、御かぜの氣おはするにことつけて、例の泊り給へるに、いと物騒しく、客人など多くおはする程なれど、いと忍びて御車奉り給ふに、左衞門の尉も候はねば、時々もかやうの事に、いとつきづきしき侍にさゝめきて、御車奉り給ふ。大將殿のうへ、例ならず物し給ふ程にて、いたく紛るれば、御文もなき由宣ふ。

かやうにて明し暮し給ふに、中の君の御乳母なりし人はうせにしが、むすめ一人あるは、右大臣の少將の御乳母子の左衞門の尉といふが妻なり。たぐひなくおはするよしを語りけるを、かの左衞門の尉、少將に、 「しかじかなむおはする」 と語り聞えければ、按察の大納言の御許には心留め給はず、あくがれありき給ふ君なれば、御文などねんごろに聞えたまひけれど、つゆあるべき事とも思したらぬを、姫君も聞き給ひて、 「思ひの外にあはあはしき身の有樣をだに、心憂く思ふ事にて侍れば、まことに強きよすがおはする人を」 など宣ふも哀れなり。

昔物語などにぞ、かやうな事は聞ゆるを、いと有難きまで、あはれに淺からぬ御契りの程見えし御事を、つくづくと思ひ續くれば、年の積りけるほども、あはれに思ひ知られけり。 

かひあはせ(三):堤中納言物語

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いとほそき聲にて、
  かひなしとなに歎くらむしら浪も君がかたには心寄せてむ
といひたるを、さすがに耳疾く聞きつけて、 「今かたへに聞き給ひつや」 「これは、誰がいふにぞ」 「觀音の出で給ひたるなり」 「嬉しのわざや。姫君の御前に聞えむ」 と言ひて、さ言ひがてら、恐ろしくやありけむ、連れて走り入りぬ。 

かひあはせ(二):堤中納言物語

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「何事ならむ」と、心苦しと見れば、十ばかりなる男の、朽葉の狩衣二藍の指貫、しどけなく著たる、同じやうなる童に、硯の箱よりは見劣りなる紫檀の箱のいとをかしげなるに、えならぬ貝どもを入れて持て寄る。見するまゝに、 「思ひ寄らぬ隈なくこそ。承香殿の御方などに參り聞えさせつれば、これをぞ覓め得て侍りつれど。侍從の君の語り侍りつるは、大輔の君は、藤壺の御方より、いみじく多く賜はりにけり。すべて殘る隈なくいみじげなるを、いかにせさせ給はむずらむと、道のまゝも思ひまうで來つる」 とて、顔もつと赤くなりて言ひ居たるに、いとゞ姫君も心細くなりて、 「なかなかなる事を言ひ始めてけるかな。いと斯くは思はざりしを。ことごとしくこそ覓め給ひぬれ」 と宣ふに、

かひあはせ(一):堤中納言物語

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九月の有明の月に誘はれて、藏人の少將、指貫つきづきしく引き上げて、たゞ一人小舍人童ばかり具して、やがて朝霧も立ち隱しつべく、隙なげなるに、 「をかしからむ所の空きたらむもがな。」 と言ひて歩み行くに、木立をかしき家に、琴の聲仄かに聞ゆるに、いみじう嬉しくなりて、 「めぐる門の側など、崩れやある」 と見けれど、いみじく築地などまたきに、なかなか侘しく、「いかなる人のかく彈き居たるならむ」と、理なくゆかしけれど、すべきかたも覺えで、例の聲出ださせて隨身にうたはせ給ふ。 

土さへ割れて照る日にも、袖ほす世なく思しくづほるゝ。 十日余日、宵の月隈なきに、宮にいと忍びておはしたり。宰相の君に消息し給ひつれば、 「恥しげなる御有樣に、いかで聞えさせむ」 と言へど、 「さりとて、物のほど知らぬやうにや」 とて、妻戸押し開け對面したり。うち匂ひ給へるに、餘所ながらうつる心地ぞする。なまめかしう、心深げに聞え續け給ふ事どもは、 奧の夷も思ひ知りぬべし。

宮の御覽ずる所に寄らせ給ひて、 「をかしき事の侍りけるを、などか告げさせ給はざりける。中納言・三位など方別るゝは、戲れにはあらざりける事にこそは」 と宣はすれば、 「心に寄る方のあるにや。わくとはなけれど、さすがに挑ましげにぞ」 など聞えさせたまふ。 

中納言、さこそ心にいらぬ氣色なりしかど、その日になりて、えも言はぬ根ども引き具して參り給へり。小宰相の局に先づおはして、 「心幼く取り寄せ給ひしが心苦しさに、若々しき心地すれど、淺香の沼を尋ねて侍り。さりとも、まけ給はじ」 とあるぞ頼もしき。何時の間に思ひ寄りける事にか、言ひ過ぐすべくもあらず。 

五月待ちつけたる花橘の香も、昔の人戀しう、秋の夕に劣らぬ風にうち匂ひたるは、をかしうもあはれにも思ひ知らるゝを、山郭公も里馴れて語らふに、三日月の影ほのかなるは、折から忍び難くて、例の宮わたりに訪はまほしう思さるれど、「甲斐あらじ」とうち歎かれて、あるわたりの、猶情あまりなるまでと思せど、そなたは物憂きなるべし。「如何にせむ」と眺め給ふほどに、 「内裏に御遊び始まるを、只今參らせ給へ」 とて、藏人の少將參り給へり。 

ほどほどの懸想(三):堤中納言物語

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「御返り事なからむは、いとふるめかしからむか。今やうは、なかなか初めのをぞし給ふなる」 などぞ笑ひてもどかす。少し今めかしき人にや、 
  一筋に思ひもよらぬ青柳は風につけつゝさぞ亂るらむ
今やうの手の、かどあるに書き亂りたれば、をかしと思ふにや、守りて居たるを、君見給ひて、後より俄に奪ひ取り給へり。 

ほどほどの懸想(二):堤中納言物語

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この童來つゝ見る毎に、頼もしげなく、宮の内も寂しく凄げなる氣色を見て、かたらふ、 「まろが君を、この宮に通はし奉らばや。まだ定めたる方もなくておはしますに、いかによからむ。程遙かになれば、思ふ儘にも參らねば、おろかなりとも思すらむ。又、如何にと、後めたき心地も添へて、さまざま安げなきを」 といへば、 「更に今はさやうの事も思し宣はせず、とこそ聞け」 といふ。 「御容貌めでたくおはしますらむや。いみじき御子たちなりとも、飽かぬ所おはしまさむは、いと口惜しからむ。」 といへば、 「あな、あさまし。いかでか見奉らむ。人々宣ふは、萬むつかしきも、御前にだにまゐれば、慰みぬべしとこそ宣へ」 と語らひて、明けぬれば往ぬ。 

ほどほどの懸想(一):堤中納言物語

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祭のころは、なべて今めかしう見ゆるにやあらむ、あやしき小家の半蔀も、葵などかざして心地よげなり。童の、袙・袴清げに著て、さまざまの物忌ども附け、化粧じて、我も劣らじと挑みたる氣色どもにて、行き違ふはをかしく見ゆるを、況してその際の小舍人・隨身などは、殊に思ひ咎むるも道理なり。

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