古典を読む

方丈記(十)

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こゝに六十の露消えがたに及びて、更に末葉のやどりを結べる事あり。いはゞ狩人の一夜の宿をつくり、老いたる蚕の繭を営むがごとし。是を中ごろのすみかにならぶれば、また百分が一に及ばず。とかくいふほどに、齢は歳々に高く、すみかはをりをりに狭し。その家のありさま、世の常にも似ず、廣さはわづかに方丈、高さは七尺がうちなり。所を思ひ定めざるがゆゑに、地を占めて作らず。土居を組み、うちおほひを葺きて、継ぎごとにかけがねをかけたり。若し心にかなはぬ事あらば、やすく外へ移さむがためなり。その改め作る事、いくばくの煩ひかある。積むところわづかに二輌、車の力を報ふほかは、さらに他の用途いらず。

方丈記(九)

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我が身、父方の祖母の家を伝へて、久しく彼の所に住む。其後縁欠け、身おとろへ、しのぶかたがたしげかりしかど、つひにあととむる事を得ず。三十餘りにして、更にわが心と一の庵をむすぶ。是をありしすまひにならぶるに、十分が一なり。居屋ばかりをかまへて、はかばかしくは屋を作るに及ばず。わづかに築地を築けりといへども、門を建つるたづきなし。竹を柱として、車を宿せり。雪降り風吹くごとに、あやふからずしもあらず。所、河原近ければ、水難も深く、白波のおそれも騒がし。

方丈記(八)

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すべて世中のありにくゝ、わが身とすみかとのはかなくあだなるさま、又かくのごとし。いはむや、所により、身のほどにしたがひて、心を悩ますことは、不可計。

方丈記(七)

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又同じころかとよ、大地震振ること侍りき。そのさま、世の常ならず。山は崩れて河を埋み、海は傾きて陸地をひたせり。土さけて水わきいで、巌われて谷にまろびいる。渚漕ぐ船は浪にたゞよひ、道ゆく馬は足の立ちどをまどはす。都のほとりには、在々所々、堂舍廟塔、ひとつとして全からず。或は崩れ、或は倒れぬ。塵灰立ち上りて、盛りなる煙の如し。地の動き、家の破るゝ音、雷にことならず。家の中に居れば、忽にひしげなんとす。走り出づれば、地われさく。羽なければ、空をも飛ぶべからず。龍ならばや、雲にも乗らむ。恐れのなかに恐るべかりけるは、たゞ地震なりけるとこそ覺え侍りしか。

方丈記(六)

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いとあはれなる事も侍りき。さりがたき妻、をとこ持ちたるものは、その思ひまさりて、かならずさきだちて死ぬ。その故は、我が身をば次にして、人をいたはしく思ふあひだに、まれまれ得たる食物をも、かれに譲るによりてなり。されば、親子あるものは、定まれる事にて、親ぞ先立ちける。又母の命つきたるを知らずして、いとけなき子の、その乳を吸ひつゝ臥せるなどもありけり。

方丈記(五)

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又養和のころとか、久しくなりておぼえず、二年が間、世中飢渇して、浅ましき事侍りき。或は春夏ひでり、或は秋、大風、洪水など、よからぬ事どもうち続きて、五穀ことごとくならず。むなしく春かへし、夏植うるいとなみありて、秋刈り冬收むるそめきはなし。

方丈記(四)

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又治承四年水無月の頃、にはかに都遷り侍りき。いと思ひの外なりし事なり。おほかた此の京のはじめを聞ける事は、嵯峨の天皇の御時、都と定まりにけるよりのち、すでに四百歳を經たり。ことなるゆゑなくて、たやすく改まるべくもあらねば、これを世の人やすからず憂へあへる、実にことわりにも過ぎたり。

方丈記(三)

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又治承四年卯月の頃、中御門京極のほどより、大きなる辻風おこりて、六條わたりまで吹けること侍りき。

方丈記(二)

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予ものの心を知れりしより、四十あまりの春秋をおくれる間に、世の不思議を見る事やゝ度々になりぬ。

方丈記(一)

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ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。よどみに浮ぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、久しくとゞまりたるためしなし。世の中にある人と栖と、またかくの如し。

よしなしごと(三):堤中納言物語

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侘しき事なれど、露の命絶えぬ限りは食物も用侍る。妙高合子の信濃梨、斑鳩山の枝栗、三方の郡の若狹椎、天の橋立の丹後和布、出雲の浦の甘海苔、みのはしのかもまがり、若江の郡の河内蕪、野洲・栗太の近江餅、小松・かぶとの伊賀乾瓜、掛田が峯の松の実、道の奥の島のうべあけび、と山の柑子橘、これ侍らずは、やもめの邊の熬豆などやうの物、賜はせよ。 

よしなしごと(二):堤中納言物語

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旅の具にしつべき物どもや侍べる。貸させたまへ。 まづ要るべき物どもよな。雲の上にひらきのぼらむ料に、天羽衣一つ、料にはべる。求めて給へ。それならでは、袙・衾、せめて、なくは、布の破襖にても。又は、十餘間の檜皮屋一・廊・寢殿・大炊殿・車宿りもよう侍れど、遠き程は、所狹かるべし。唯、腰に結ひつけて罷るばかりの料に、やかた一つ。

よしなしごと(一):堤中納言物語

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人のかしづくむすめを、ゆゑだつ僧忍びて語らひけるほどに、年の果てに山寺に籠るとて、「旅の具に、筵・疊・盥・はんざふ貸せ」と言ひたりければ、女、長筵、何やかや供養したりける。それを、女の師にしける僧の聞きて、「我ももの借りにやらむ。」とて、書きてやりける文の詞のをかしさに、書き寫して侍るなり。世づかずあさましきことなり。唐土・新羅に住む人、さては常世の國にある人、我が國にはやまかつ、みやつこの戀まろなどや、かゝる詞は聞ゆべき。それだにも。

はいずみ(五):堤中納言物語

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此の男、いと引切りなりける心にて、 「あからさまに」 とて、今の人もとに昼間に入り來るを見て、女に、「俄に殿おはすや」 といへば、うちとけて居たりける程に、心騷ぎて、 「いづら、何處にぞ」 と言ひて、櫛の箱を取り寄せて、しろきものをつくると思ひたれば、取り違へて、はいずみ入りたる疊紙を取り出でて、鏡も見ずうちさうぞきて、女は、 「そこにて、暫しな入り給ひそ、といへ」 とて、是非も知らずさしつくる程に、男、 「いととくも疎み給ふかな」 とて、簾をかき上げて入りぬれば、疊紙を隱して、おろおろにならして、口うち覆ひて、夕まぐれに、したてたりと思ひて、まだらにおよび形につけて、目のきろきろとしてまたゝき居たり。

はいずみ(四):堤中納言物語

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男うちおどろきて見れば、月もやうやう山の端近くなりにたり。「怪しく、遲く歸るものかな。遠き所に往きけるにこそ」と思ふも、いとあはれなれば、 
  住み馴れし宿を見捨てて行く月の影におほせて戀ふるわざかな 
といふにぞ、童ばかり歸りたる。 

はいずみ(三):堤中納言物語

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今の人明日なむ渡さむとすれば、この男に知らすべくもあらず。車なども誰にか借らむ。送れ、とこそは言はめと思ふも、をこがましけれど、言ひ遣る。 「今宵なむ物へ渡らむと思ふに、車暫し」 となむ言ひやりたれば、男、「あはれ、いづちにとか思ふらむ。往かむさまをだに見む。」と思ひて、今此處へ忍びて來ぬ。女待つとて端に居たり。月の明きに、泣く事限りなし。
  我が身かくかけ離れむと思ひきや月だに宿をすみ果つる世に 
と言ひて泣く程に、來れば、さりげなくて、うちそばむきて居たり。 

はいずみ(二):堤中納言物語

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見れば、あてにこゝしき人の、日ごろ物を思ひければ、少し面瘠せていとあはれげなり。うち恥ぢしらひて、例のやうに物言はで、しめりたるを、いと心苦しう思へど、さ言ひつれば、言ふやう、 

はいずみ(一):堤中納言物語

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下わたりに、品賤しからぬ人の、事も叶はぬ人をにくからず思ひて、年ごろ經るほどに、親しき人の許へ往き通ひけるほどに、むすめを思ひかけて、みそかに通ひありきにけり。珍しければにや、初めの人よりは志深く覺えて、人目もつゝまず通ひければ、親聞きつけて、 「年ごろの人をもち給へれども、いかゞせむ」 とて許して住ます。

花々のをんな子(四):堤中納言物語

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内裏にも參らず徒然なるに、かの聞きし事をぞ、「その女御の宮とて、のどかには」、「かの君こそ容貌をかしかなれ」など、心に思ふこと、歌など書きつゝ、手習にしたりけるを、又、人の取りて書きうつしたれば、怪しくもあるかな。これら作りたるさまも覺えず、よしなき物のさまかな。虚言にもあらず。世の中にそら物語多かれば、實としもや思はざるらむ。これ思ふこそ妬けれ。

花々のをんな子(三):堤中納言物語

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この女たちの親、賤しからぬ人なれど、いかに思ふにか、宮仕へに出したてて、殿ばら、宮ばら、女御達の御許に、一人づゝ參らせたるなりけり。同じ兄弟ともいはせで、他人の子になしつゝぞありける。この殿ばらの女御たちは、皆挑ませ給ふ御中に、同じ兄弟の別れて候ふぞ怪しきや。皆思して候ふは知らせ給はぬにやあらむ。好色ばらの、御有樣ども聞き、嬉しと思ひ至らぬ處なければ、此の人どもも知らぬにしもあらず。 

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