古典を読む

蟲愛づる姫君(五):堤中納言物語

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童の立てる、怪しと見て、 「かの立蔀のもとに添ひて、清げなる男の、さすがに、姿つき怪しげなるこそ、覗き立てれ。」 と言へば、此の大輔の君といふ、 
「あな、いみじ。御前には例の蟲興じ給ふとて、顯はにやおはすらむ。告げ奉らむ。」 とて、參れば、例の簾の外におはして、鳥毛蟲のゝしりて拂ひ墜させ給ふ。

蟲愛づる姫君(四):堤中納言物語

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右馬の助見給ひて、 「いと珍かに、樣異なる文かな」 と思ひて、 「いかで見てしがな」 と思ひて、中將と言ひ合せて、怪しき女どもの姿を作りて、按察使の大納言の出で給へるほどにおはして、姫君の住み給ふ方の、北面の立蔀のもとにて見給へば、男の童の、異なることなき草木どもに佇み歩きて、さていふやうは、 「この木にすべていくらも歩くは、いとをかしきものかな。これ御覽ぜよ。」 とて、簾を引き上げて、 「いと面白き鳥毛蟲こそ候へ」 といへば、さかしき聲にて、 「いと興あることかな。此方持て來」 と宣へば、 「取り別つべくも侍らず。唯こゝもとにて御覽ぜよ。」 といへば、荒らかに蹈みて出づ。

蟲愛づる姫君(三):堤中納言物語

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かゝる事世に聞えて、いとうたてある事をいふ中に、ある上達部の、御子うちはやりて物怖ぢせず、愛敬づきたるあり。この姫君のことを聞きて、「さりとも、これには怖ぢなむ」 とて、帶の端の、いとをかしげなるに、蛇の形をいみじく似せて、動くべきさまなどしつけて、鱗だちたる懸袋に入れて、結び附けたる文を見れば、  
  はふはふも君があたりにしたがはむ長きこころのかぎりなき身は 
とあるを、何心なく御前に持て參りて、 「袋などあくるだに怪しくおもたきかな」 とてひき開けたれば、蛇首をもたげたり。

蟲愛づる姫君(二):堤中納言物語

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これを若き人々聞きて、「いみじくさかし給へど、心地こそ惑へ。この御遊び物よ。いかなる人、蝶めづる姫君につかまつらむ」とて、兵衞といふ人、
  いかでわれとかむかたなくいでてかくかはむしながら見るわざはせし 
といへば、小大輔といふ人笑ひて、  
  うらやまし花や蝶やといふめれど鳥毛蟲くさき世をも見るかな 
などいひて笑へば、「からしや。眉はしも、鳥毛蟲だちためり。さて、はくきこそ、皮のむけたるにやあらむ」とて、左近といふ人、 
  冬くれば衣たのもし寒くともかはむしおほく見ゆるあたりは 
衣など著ずともあらむかし、など言ひあへるを、おとなおとなしき女聞きて、「若人達は、何事言ひおはさうずるぞ。蝶愛で給ふなる人、もはら、めでたうも覺えず、けしからずこそ覺ゆれ。さて又、鳥毛蟲竝べ、蝶といふ人ありなむやは。唯、それが蛻ぬくるぞかし。そのほどを尋ねてし給ふぞかし。それこそ心深けれ。蝶は捕ふれば、手にきりつきて、いとむつかしきものぞかし。又蝶は捕ふれば、瘧病せさすなり。あなゆゝしともゆゝし」といふに、いとゞ憎さ増りて言ひあへり。 

蟲愛づる姫君(一):堤中納言物語

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蝶愛づる姫君の住み給ふ傍に、按察使の大納言の御女、心にくくなべてならぬさまに、親たちかしづき給ふ事限りなし。この姫君の宣ふ事、「人々の、花や蝶やと賞づるこそ、はかなうあやしけれ。人は實あり。本地尋ねたるこそ、心ばへをかしけれ」 とて、萬の蟲の恐しげなるを取りあつめて、「これが成らむさまを見む。」とて、さまざまなる籠・箱どもに入れさせ給ふ。中にも、 「鳥毛蟲の心深き樣したるこそ心憎けれ」 とて、明暮は耳挾みをして、掌にそへ伏せてまぼり給ふ。

このついで(二):堤中納言物語

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「いづら、今は、中納言の君」 とのたまへば、 「あいなき事の序をも聞えさせてけるかな。あはれ、只今の事は、聞えさせ侍りなむかし。」 とて、 
「去年の秋ごろばかりに、清水に籠りて侍りしに、傍に屏風ばかりをはかなげに立てたる局の、にほひいとをかしう、人少ななるけはひして、折々うち泣くけはひなどしつゝ行ふを、誰ならむ、と聞き侍りしに、明日出でなむとての夕つ方、風いと荒らかに吹きて、木の葉ほろほろと、滝のかたざまに崩れ、色濃き紅葉など、局の前には隙なく散り敷きたるを、この中隔ての屏風のつらに寄りて、こゝにはながめ侍りしかば、いみじうしのびやかに、 
  厭ふ身はつれなきものを憂きことを嵐に散れる木の葉なりけり 
風の前なる、と聞ゆべき程にもなく、聞きつけて侍りしほどの、まことにいと哀れにおぼえ侍りながら、さすがにふといらへにくく、つゝましくてこそ止み侍りしか。」 と言へば、 いとさしも過し給はざりけむ、とこそ覺ゆれ。さても實ならば、口惜しきは御物つゝみなりや。

このついで(一):堤中納言物語

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春の物とて詠めさせ給ふ晝つ方、臺盤所なる人々、「宰相中將こそ參り給ふなれ。例の御にほひ、いと著しるく」などいふ程に、ついゐ給ひて、「よべより殿に候ひし程に、やがて御使になむ。東の對の紅梅の下にうづませ給ひし薫物、今日の徒然に、試みさせ給ふとてなむ」 とて、えならぬ枝に、白銀の壺二つ附け給へり。 中納言の君の、御帳の内に參らせ給ひて、御火取あまたして、若き人に、やがて試みさせ給ひて、少しさし覗かせ給ひて、御帳の側の御座にかたはら臥させ給へり。紅梅の織物の御衣に、たゝなはりたる御髪の裾ばかり見えたるに、これかれそこはかとなき物語、忍びやかにして暫し居給ふ。

花櫻折る中將(三):堤中納言物語

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夕さり、かの童は、ものいと能くいふものにて、事よくかたらふ。 「大將殿の常に煩はしく聞え給へば、人の御文傳ふる事だに、伯母上いみじく宣ふものを」 と、同じ心にて、めでたからむ事など宣ふ頃、殊に責むれば、若き人の思ひ遣り少きにや、 「よき折あらば、今」 といふ。御文は殊更に、氣色見せじとて傳へず。光遠參りて、 「言ひ趣けて侍る。今宵ぞよく侍るべき。」 と申せば、喜び給ひて、少し夜更けておはす。

花櫻折る中将(二):堤中納言物語

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日、さしあがるほどに起き給ひて、昨夜の所に文書き給ふ。 「いみじう深う侍りつるも、ことわりなるべき御氣色に出で侍りぬるは、辛さも如何ばかり」 など、青き薄樣に、柳につけて、 
  さらざりし古よりも青柳のいとゞぞ今朝はおもひみだるゝ 
とて遣り給へり。 返り事めやすく見ゆ。 
  かけざりしかたにぞはひし絲なれば解くと見し間にまた亂れつゝ 
とあるを見給ふほどに、源中將・兵衞佐、小弓持たせておはしたり。 

花櫻折る中将(一):堤中納言物語

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月にはかられて、夜深く起きにけるも、思ふらむ所いとほしけれど、立ち歸らむも遠きほどなれば、やうやう行くに、小家などに例音なふものも聞えず。隈なき月に、ところどころの花の木どもも、偏に混ひぬべく霞みたり。今少し過ぎて、見つる所よりもおもしろく、過ぎ難き心地して、 
  そなたへと行きもやられず花櫻匂ふ木陰に立ちよられつゝ 
とうち誦じて、「早くこゝにもの言ひし人あり」と、思ひ出でて立ち休らふに、築地の崩れより、白き物の、いたう咳ぶきつゝ出づめり。

堤中納言物語を読む

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堤中納言物語は、現存するわが国最古の短編物語集であり、また、ショートストーリーズの祖形の一つとして、世界文学史上にユニークな地位を占める。10編の短編小説からなり、そのどれもが独特な味わいをかもし出す。物語の意外性や描写の細やかさなど、短編小説として優れたものが多い。そんなところから、21世紀のいま読んでも、新鮮さを感じさせる。日本文学史上の奇貨といってよい。

むかし、男、わづらひて、心地死ぬべくおぼえければ、
  つひにゆく道とはかねて聞きしかどきのふけふとは思はざりしを

伊勢物語絵巻百二十一段(梅壺)

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むかし、男、梅壺より雨にぬれて、人のまかりいづるを見て、
  うぐひすの花を縫ふてふ笠もがなぬるめる人に着せてかへさむ
返し、
  うぐひすの花を縫ふてふ笠はいなおもひをつけよほしてかへさむ

伊勢物語絵巻百十七段(住吉行幸)

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むかし、帝、住吉に行幸したまひけり。
  われ見ても久しくなりぬ住吉のきしの姫松いくよ経ぬらむ
おほん神、げぎやうしたまひて、
  むつましと君はしら浪みづがきの久しき世よりいはひそめてき

伊勢物語絵巻百十五段(都島)

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むかし、陸奥の国にて男女すみけり。男、みやこへいなむ、といふ。この女いとかなしうて、馬のはなむけをだにせむとて、おきのゐて都島といふ所にて、酒飲ませてよめる。
  おきのゐて身を焼くよりも悲しきはみやこしまべの別れなりけり

伊勢物語絵巻百十四段(翁さび)

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むかし、仁和のみかど、芹河に行幸したまひける時、今はさること、似げなく思ひけれど、もとつきにけることなれば、大鷹の鷹飼にてさぶらはせたまひける。すり狩衣のたもとに書きつけける。
  翁さび人なとがめそかりごろも今日ばかりとぞ鶴も鳴くなる
おほやけの御けしきあしかりけり。おのがよはひを思ひけれど、若からぬ人は聞きおひけりとや。

伊勢物語絵巻百七段(涙河)

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むかし、あてなるをとこありけり。そのをとこのもとなりける人を、内記にありける藤原の敏行といふ人よばひけり。されど若ければ、文もをさをさしからず、ことばもいひ知らず、いはむや歌はよまざりければ、かのあるじなる人、案をかきて、かかせてやりけり。めでまどひにけり。さてをとこのよめる。
  つれづれのながめにまさる涙河袖のみひぢてあふよしもなし
返し、例のをとこ、女にかはりて、
  あさみこそ袖はひづらめ涙河身さへながると聞かば頼まむ
といへりければ、をとこいといたうめでて、今まで巻きて、文箱に入れてありとなむいふなる。をとこ、文おこせたり。得てのちのことなりけり。雨のふりぬべきになむ見わづらひはべる。身さいはひあらば、この雨はふらじ、といへりければ、例のをとこ、女にかはりてよみてやらす。
  かずかずに思ひ思はず問ひがたみ身をしる雨は降りぞまされる
とよみてやれりければ、蓑も傘も取りあへで、しとどに濡れて惑ひ来にけり。

伊勢物語絵巻百六段(龍田河)

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むかし、をとこ、親王たちの逍遥したまふ所にまうでて、龍田河のほとりにて、
  ちはやぶる神代も聞かず龍田河からくれなゐに水くくるとは

伊勢物語絵巻百四段(賀茂の祭)

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むかし、ことなることなくて、尼になれる人ありけり。かたちをやつしたれど、物やゆかしかりけむ、賀茂の祭見にいでたりけるを、をとこ、歌よみてやる。
  世をうみのあまとし人を見るからにめくはせよとも頼まるるかな
これは、斎宮のもの見たまひける車に、かくきえたりければ、見さしてかへりたまひにけりとなむ。

伊勢物語絵巻百一段(あやしき藤の花)

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むかし、左兵衛の督なりける在原の行平といふありけり。その人の家によき酒ありと聞きて、うへにありける左中弁藤原の良近といふをなむ、まらうどざねにて、その日はあるじまうけしたりける。なさけある人にて、瓶に花をさせり。その花のなかに、あやしき藤の花ありけり。花のしなひ、三尺六寸ばかりなむありける。それを題にてよむ。よみはてがたに、あるじのはらからなる、あるじしたまふと聞きて来たりければ、とらへてよませける。もとより歌のことはしらざりければ、すまひけれど、しひてよませければかくなむ、
  咲く花の下にかくるる人を多みありしにまさる藤のかげかも
などかくしもよむ、といひければ、おほきおとどの栄花のさかりにみまそがりて、藤氏のことに栄ゆるを思ひてよめる、となむいひける。みな人、そしらずなりにけり。

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