日本文化考

能「清経」

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清経は、世阿弥の修羅能の傑作であるが、世阿弥の他の作品と比較して特異な構成で成り立っている。世阿弥と言えば複式夢幻能と言われるくらいなのだが、この能は複式能ではなく現在能である。現在能なのだが、現実の中で物語が進行するわけではなく、物語の本体は、清経の妻の夢の中で展開する。その夢の中で清経は、自分の経験した戦いの恐ろしさを語り、自分が自殺したのは致し方のないことだったのだと言い訳をするのだが、その言い訳がまた連綿として、しかも女々しく、尽きるところを知らないと言った風情で、要するに饒舌と言ってもいいほどなのだ。能では、シテはあまり饒舌にならないのが普通なので、これもまたかなりユニークなことと言わねばならない。そんなわけでこの能は、世阿弥の作品の中では特別の位置づけを与えられるべきものだといえよう。

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琵琶湖に浮かぶ竹生島は、安芸の宮島、相模の江の島と並んで日本三弁財天と呼ばれ、古くから弁天信仰の拠点として知られてきた。能「竹生島」は、その弁天信仰に取材した作品で、弁財天と琵琶湖の龍神とが、参詣にやって来た朝臣の前に現れ、国土鎮護を約束して舞うというものである。

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「紅葉狩」は、「船弁慶」などと並んで、観世小次郎信光の風流能の傑作である。信光は世阿弥の甥音阿弥の子であるが、世阿弥が幽玄を旨とする複式夢幻能を作ったのに対して、ショー的な要素を旨とする風流能を作った。世阿弥の幽玄を物足らなく思った当時の観客の需要に応えたのだと評価されている。

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狂言「二人袴」は、婿狂言の部類に分類されるものである。婿狂言には、婿選びの話と婿入りする話とがあるが、「二人袴」は婿入りの話の一種ということができる。まだ対面したことがない婿と舅が、大安吉日に晴れて対面することになるが、婿は一人で挨拶するのが不安で、父親の同席を求める。だが、この父子は貧しいと見えて、袴を二人分用意することができない。そこで一枚の袴を二人で穿きあい、舅の前で何とか体面を保とうとするが、最後には仕掛けがばれて、大恥をかくという内容である。

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狂言「萩大名」は田舎者の無知を笑うという趣向の作品である。大名と言っても、戦国時代の守護大名ではなく、田舎のちょっとした地主といったものだ。田舎者であるから、教養があるわけではなく、かえって野卑といってよい。そんな野卑な大名が京へ来たついでに、優雅な遊びがしたいという。しかしそもそも、日頃優雅とは無縁なことから、人前でとんだ恥さらしをする。それを笑うというのが、この狂言の趣向である。

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先日NHKが放送した能番組で宝生流の「小鍛冶」を見た。シテは朝倉俊樹、ワキは福王和幸が演じていた。この能についてのレビューは別稿で書いたところなので、今回は詳しい紹介はやめて、この舞台を見た印象を書いてみたいと思う。

狂言「釣狐」

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釣狐は雑狂言(集狂言)の一つで、狐を主人公にした話である。ウツボ猿が狂言師としてのデビューの舞台で演じられるのに対して、独り立ちの記念として演じられることで知られる。狂言としては非常に長く、一時間以上に及ぶ。また、大小の鼓を入れ、中入の前後で面と衣装を変えるなど演出に凝っている。演劇性の高い狂言である。

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能「正尊」は、「安宅」の勧進帳、「木曽」の願書とともに三読物といわれる。頼朝から義経討伐の密命を受けて京にやってきた土佐坊正尊が、かえって弁慶によって義経の前に引きだされる。そこでとっさの機転で起請文を書きあげ、それを義経主従一同の前で読み上げるというものだ。

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大名狂言には、大名が新参を抱えるという類型がある。「蚊相撲」はその代表的なものだ。大名が相撲取りを抱えようとするのであるが、どういうわけか、やってきた相撲取りとは蚊の精のことで、大名が蚊に刺されながら相撲を取るという話である。蚊が相撲とりになるというのも奇想天外なことであるが、その蚊を相手に、大真面目に相撲をとる大名というのもなかなか人の意表を突くというわけで、何ともユーモラスな一番である。

南方熊楠の文章は、読んでいて実に面白い。彼の文章は、書かれている内容も豊かで面白いが、内容を表現するスタイルが独特で、読ませるのだ。文学ならぬ科学を語る者にして、文章のスタイルを感じさせる者はそう多くはない。熊楠はその少数の例外であるばかりか、型破りの文章を紡ぎ出した稀有の例なのだ。

南方熊楠は少年時代から博物学に興味を覚え、植物標本とりわけ隠花植物や菌類の標本を作っては喜んでいた。そして青年期にアメリカやイギリスを放浪するうちに、粘菌に大いなる関心を覚え、その方面では、専門家からも一目置かれるような存在になった。熊楠の生涯は、民俗学的なテーマと並んで、粘菌の研究に捧げられたともいえる。彼の生涯のうちの大事件、神社合祀反対運動の如きも、神社合祀に名を借りて神林が広範に伐採され、粘菌をはじめとした貴重な自然が破壊されることへの危機感から立ち上がったことであった。

南方熊楠は「十二支考」の最後の論文「鼠に関する民俗と信念」を、十二支のそもそものいわれから説き起こす。子年が十二支の嚆矢をなすという理由からだろう。そのいわれについて、熊楠は次のように書きだす。

十二支の一つ龍についての話を南方熊楠は、「田原藤太龍宮入りの話」と題した。題名からして他の干支の話とは大分趣が違うが、細かいところを抜きにして言うと、太平記に記すところのこの「田原藤太龍宮入り」の話の要点は、藤太こと藤原秀郷が大蛇に案内されて水中の龍宮に至ったこと、そこでムカデの化け物を退治したこと、そのお礼に様々な財宝を貰って帰って来たこと、その財宝の一つに、出せども尽きぬ俵があったことから、秀郷が俵藤太と呼ばれるにようになったこと、などである。

兎には野兎(英語でヘア)と熟兎(ラビット)の二種ある。野兎は生まれた時から目がみえ、自立して親に世話をかけぬが、熟兎は目が見えずに生まれ、親に世話をかける。成長した後も、熟兎は野兎より一回り小さく、後ろ脚も短い。「兎に関する民俗と伝説」を、南方熊楠はこんな風に書き始める。しかしていう、熟兎は俗に「なんきん」ともいうと。「南京豆」と同じく、中国から渡ってきたという意味だ。その中国に熟兎が渡ったのは明の時代と言うから、東アジアでは新しい動物ということになる。

南方熊楠の代表作「十二支考」は、虎から始まってネズミで終わる。彼は雑誌「太陽」の1914年1月号に虎についての小論「虎に関する史話と民俗伝説」を発表して以来、毎年の新年号にその年の干支に当たる動物についての論考を連載したのであったが、1924年の子年に至って、雑誌が関東大震災のために休刊となったことで、掲載されなかった。そこで熊楠は、他の雑誌(「集古」及び「民俗学」)に分載したのだったが、丑年については発表の機会を得ず、ついに執筆を断念した。それ故、「十二支考」とはいっても、十一の干支で終わっているわけなのである。

南方熊楠は、自分の名の一部になっている「熊」と「楠」とが、トーテム信仰を反映したものではないかと推測した。熊と言う文字は熊楠の兄弟たちにもつけられている。また同郷の熊野の人には、楠の文字を名につけた人たちが数多くいる。そこから熊楠は、熊野地方には熊や楠をトーテムとする独自のトーテミズム信仰があったのではないかと推測し、次のようにいうのである。

南方熊楠は何人かの文通相手をもっていて、それぞれ特定のテーマを巡り手紙で議論のやり取りをしていた。熊楠の残した学問的業績の少なからぬ部分は、こうした文通の中で展開されたものである。

摩羅とは男根の異名である。その異名がいつのころから用いられるようになったか、またそのきっかけはいかなることであったか、について南方熊楠が興味深い談義を展開している。"「摩羅考」について"と題する小文がそれである。

南方熊楠は小論「月下氷人」の第一節を大正2年11月1日発行の雑誌の「不二」に掲載したところ、大阪府警より風俗壊乱の容疑で告発され、罰金百円を課せられた。熊楠によれば、警察が問題としたのは、兄が自分の実の妹と知りながらセックスしたことを書いた部分で、近親婚を是認するが如きは怪しからぬということのようだった。熊楠はこの時の警察の態度がよほど腹に据えかねたらしく、第二節以降の中で、警察の朴念仁ぶりを散々おちょくっている。もっともその部分が公表されることはなかったが。

「鷲石考」と「燕石考」は姉妹論文のような関係にある。「燕石考」が、燕と関連付けられた燕石が子燕の盲を治療することから発して広く医療的な効果を持たされるに至ったことの民俗学的な背景を論じているのに対して、この論文は、鷲と関連つけられた鷲石が何故出産とそれにかかわるもろもろのことがらと結び付けられるに至ったかについて考察している。そしてその両者の考察を通じて熊楠は、人間の想像力が自然に働きかける際の、普遍的なパターンを摘出するわけなのである。
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