日本文化考

南方熊楠は小論「月下氷人」の第一節を大正2年11月1日発行の雑誌の「不二」に掲載したところ、大阪府警より風俗壊乱の容疑で告発され、罰金百円を課せられた。熊楠によれば、警察が問題としたのは、兄が自分の実の妹と知りながらセックスしたことを書いた部分で、近親婚を是認するが如きは怪しからぬということのようだった。熊楠はこの時の警察の態度がよほど腹に据えかねたらしく、第二節以降の中で、警察の朴念仁ぶりを散々おちょくっている。もっともその部分が公表されることはなかったが。

「鷲石考」と「燕石考」は姉妹論文のような関係にある。「燕石考」が、燕と関連付けられた燕石が子燕の盲を治療することから発して広く医療的な効果を持たされるに至ったことの民俗学的な背景を論じているのに対して、この論文は、鷲と関連つけられた鷲石が何故出産とそれにかかわるもろもろのことがらと結び付けられるに至ったかについて考察している。そしてその両者の考察を通じて熊楠は、人間の想像力が自然に働きかける際の、普遍的なパターンを摘出するわけなのである。
南方熊楠の小論「燕石考」は、ロングフェローの次のような詩の一節を引用しながら、燕石の寓話の起源について、「ネイチャー」誌(1880年刊題21巻)に載ったある人の質問に答える形で展開される。
或る民族の間に流布していた話が次々と伝播して様々な民族に伝わっていくうちに、話の筋はほとんど変わらぬが、話の重要な要素となっているものが変ることがある。例えば鼠をめぐる物語だったものが猫をめぐる物語に変ったりする例である。そのような場合には、鼠や猫といった要素を巡って民族の間に好みの相違があって、それが鼠を猫に転換させる要因として働くのではないか、南方熊楠はそのように考えた。「猫一匹の力によって大富となりし人の話」は、そういう考えを裏付ける一例として書いたものである。
「古話にその土特有のものと、他邦より伝来のものとあり、また古く各民族いまだ分立せざりし時代すでに存せしと覚しく、広く諸方に弘通されをりたるものあり。一々これを識別するは、十分材料を集め、整理研究せる後ならでは叶はぬことなり」
南方熊楠の小論「巨樹の翁の話」は、巨樹にまつわる伝説や不思議譚を世界中から集めて比較したものである。まずは熊楠の地元紀州に伝わる伝説の一つとして、次のような話が紹介される。谷の奥に齢数千年の巨大な欅があって、これをやむを得ず伐ることになったが、九人かかって切っても一日では切りきれぬ。そこで翌日行ってみると、木の切口が塞がって、木はもとのようになっている。不思議だと思って夜中に様子をうかがっていると、坊主がやってきて木の切屑をもとに戻して木を継ぎ合わせているのがみえた。そこで、木を切ったあとに切屑を焼き払ったところ、さすがの坊主も致し方が無く、木はついに倒された、という話である。

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能「求塚」は観阿弥、世阿弥親子の合作といわれる。観阿弥によって作られた曲に世阿弥が手を入れたというが、たしかに前半部分には世阿弥らしい優雅ささが伺えるのに対して、後半部分は荒々しさが溢れているところが、観阿弥らしさを感じさせる。

「建築土工等を固めるため人柱を立てることは今もある蕃族に行われ、その伝説や古跡は文明諸国に少なからぬ」南方熊楠はこう切り出して、世界中から人柱の例をあげていく。インドなどではいまでも人柱が行われおり、またヨーロッパの文明国でも15世紀ころまでは行われていた。日本も例外ではなく、徳川時代まで行われていたことは間違いない。先日も皇居の二重橋の櫓下から白骨が出てきたが、これも人柱の跡に違いない。こういって、南方の例証は留まるところがない。南方の学問の特徴は、とにかく世界中に類似の現象を求めて列挙し、それらを相互に比較することにある。

南方曼荼羅

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この図は、民俗学者の間で「南方曼荼羅」と呼ばれているものである。この奇妙な図を南方熊楠は、土宜法龍宛明治36年7月18日付書簡の中で描いて見せた。この書簡の中で熊楠は、例の通り春画やらセックスやらとりとめのない話題に寄り道をした挙句に突然仏教の話に入るのであるが、この図はその仏教的世界観(熊楠流の真言蜜教的な世界観)を開陳したものとして提示されたのであった。

南方熊楠の生涯の中で神社合祀反対のために費やしたエネルギーは並大抵なものではなかった。彼はこのために、研究のための貴重な時間を割いたのみならず、乏しい生計資金の中から七千円を費やし、また官吏を威圧したかどで投獄されもした。彼をそれまでに駆り立てた理由は、神社合祀によって多くの神社が無くなる結果、その神社に付属していた森林が伐採されつくすことへの危機感だった。森林伐採によって、生態系のバランスがくずれ、植物の生息に悪い影響が出るのみならず、さまざまな問題を生じさせる。熊楠はそれを座視できなかったのである。
鶴見和子女史の労作「南方熊楠」は、南方熊楠を包括的に取り上げて論じた最初の単行本だと女史自身が述べている。柳田国男と並んで日本民俗学の創始者と目されている南方であるが、柳田についての研究が百花繚乱なのに比較すると、南方についての研究はあまり進んでいなかったということを、女史は示唆しているわけである。女史自身もまず柳田の研究から始め、その延長上に南方にたどり着いたが、たどり着いてみるとすっかりその魅力に取りつかれてしまった、ということらしい。
南方熊楠の履歴書を読むと、ところどころ話が脱線して、猥談に及ぶことが多い。それが少しもわざとらしくなく、話の筋道の上でも自然に受け取れるのであるが、ただ単にわざとらしくないにとどまらず、非常に裨益されるところが多い。要するに面白いのである。
南方熊楠は履歴書というものを残している。これは、体裁上は58歳の時に書いた手紙なのであるが、その中で自分の半生を詳しく振り返っている。これがあるがために、南方熊楠の研究者は、南方の生涯のあらましについて知ることができる。筆者は先日鶴見和子女史の「南方熊楠研究」を読んだばかりだが、その本の中の南方の伝記の部分も、この履歴書を最大の頼りにしている気配が伺われた。

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安達が原の人食い鬼伝説を能にしたものを、観世流では「安達が原」といい、他の流派では「黒塚」という。両者をあわせると「安達が原の黒塚」となり、鬼の住処を表すというわけである。しかし伝説と言っても、古来あったものではなく、能が先にあって、其れが民間に広まったということらしい。

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能「春日龍神」は、春日神社の龍神の口を通して、天竺の仏より日本の神の方が御威光があると、国粋主義的な主張を述べ立てたものである。すなわち、入唐渡天の志を抱いた明恵上人が春日神社にいとまごいにやってくると、宮森に化けた龍神が現れ、上人に入唐渡天の志を思いとどまらせようとする。その理由として龍神は、仏在世のときなら渡天の御利益もあっただろうが、仏が入滅したいまでは、この春日山こそが霊鷲山であり、春日野は鹿野苑、比叡山は天台山、吉野・筑波は五台山をうつしたものだからという。そして、入唐渡天を思いとどまるならば、自分が仏法の眷属を引き連れて、釈迦の誕生から入滅までの一代記を見せてやろうと約束する。

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能「雷電」は菅原道真の怨霊をテーマにした能である。藤原時平らの陰謀によって失脚し、大宰府に流された道真が、死後怨霊となって都にあらわれ、時平らを呪い殺したり、自然災害をもたらして人々を恐れさせる。それは道真に不実の罪を着せたことへの報復だと考えた朝廷は、道真に天神の称号を贈り、厚く遇することで、怨霊の怒りを鎮めた。こうした道真にまつわる伝説を作品化したものが「雷電」である。

雄略天皇の迫害を逃れたオケ(意祇)とヲケ(袁祇)の兄弟は、播磨の国で馬飼いと牛飼いになって身を隠していたが、やがて雄略天皇が死んだ後で、表舞台に踊り出すチャンスがやってくる。雄略天皇の跡を継いだ清寧天皇には子どもがなく、またほかに日嗣の皇子がいなかったので、オケとヲケの兄弟が、皇位に最も近い地位に立ったからだ。
日本の古代史を彩るものとして、天皇の地位をめぐる血みどろの権力闘争がある。記紀の作成を命じたとされる天武天皇自身も、骨肉の争いに勝利して天皇位についたのだ。そんな骨肉の権力闘争を勝ち抜いた先駆者として、雄略天皇があげられる。オホハツセワカタケルと呼ばれたこの天皇は、二人の兄と、前の天皇の継子、そして従兄弟など、自分にとって脅威になりそうな人間を次々と殺すことによって、権力を獲得したのである。そんなことから雄略天皇は、悪逆の王としての側面も指摘される。
古事記の下巻は仁徳天皇から始まる。中巻に出てくる諸天皇がなかば神話的な雰囲気を漂わせていたのに対して、仁徳天皇以下の諸天皇には、そうした神話的な雰囲気は乏しい。あくまでも人間的なのである。
応神天皇は、仲哀天皇が神の託宣を無視したことを咎められて死んだときに、神功皇后の腹に宿っており、やがて皇位を継ぐと神によって告げられていたと古事記にはある。しかし実際に生まれたのは、神功皇后の新羅遠征後のことであり、仲哀天皇の死後かなりたってからのことである。そんなところから、その出生については不可解なところが多い。
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