続 壺 齋 閑 話
壺齋閑話の続編です 初編壺齋閑話は
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日本の美術
品川海上眺望図、大森朝乃海:小林清親の東京名所図
続壺齋閑話
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2016年11月 5日 19:52
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(品川海上眺望図 明治十二年)
明治初年の東京湾は、沿岸が浅瀬になっていて大型船が付けられなかったために、このように沖合に停泊し、そこから小型の舟で陸地と往復していた。この時代の大型船の主流はまだ帆船だった。
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御城内吊橋之図、九段坂五月夜:小林清親の東京名所図
続壺齋閑話
(
2016年11月 3日 18:31
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(御城内吊橋之図)
皇居内の道灌堀に日本最初の鉄橋が架けられたのは明治三年。西の丸山里と吹上庭園を結んでいたところから、山里の鉄橋と呼ばれた。作ったのは明治政府に招かれたアイルランド人土木技師のウォートールス。当時の橋梁技術の粋を尽くしたものだった。
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御厩橋之図、隅田川中洲水雷花:小林清親の東京名所図
続壺齋閑話
(
2016年11月 1日 16:35
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(御厩橋之図)
厩橋は明治七年に架けられた。民間の橋で、渡り賃をとったことから賃取り橋と呼ばれた。架けられたのは、駒形橋の下流で、ここに以前は御厩の渡しがあったので、当初は御厩橋と呼ばれた。この橋が出来たことで、東京の幹線道路の一つである春日通りが、この橋を挟んで東京の東西を一本に貫くようになった。
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梅若神社、向島桜:小林清親の東京名所図
続壺齋閑話
(
2016年10月29日 18:29
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(梅若神社)
梅若神社は、梅若伝説を踏まえた梅若塚というものが、後に神社に祭られたものだ。この伝説は十世紀後半に成立したもので、梅若丸という京の子供が人買いにかどわかされ、奥州に向かう途中に、隅田川を渡ったあたりで倒れた。人買いはそのまま捨てて去り、梅若丸は死んだのだが、土地の者が死んだ梅若丸を不憫に思って塚を築いて葬った、というものである。
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滝の川の図、滝の川の池の橋:小林清親の東京名所図
続壺齋閑話
(
2016年10月25日 18:32
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(滝の川の図 明治十一年)
滝野川は、飛鳥山と一対になった形で、桜の名所として知られるが、この絵は紅葉の滝の川を描いている。場所としては、滝の川が飛鳥山からのびる高台にさしかかるところだろう。いまでもこのあたりは、鬱蒼とした感じで、都会のオアシスのような雰囲気を湛えている。
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愛宕山の図、高輪牛町朧月夜景:小林清親の東京名所図
続壺齋閑話
(
2016年10月22日 19:47
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(愛宕山の図 明治十一年)
芝の愛宕山には、京都の愛宕神社を勧請した愛宕神社が祭られ、防火の神として江戸の庶民の信仰を集めた。昭和時代の初めにNHKの放送センターが愛宕山の一角に立てられたために、昭和時代を通じて愛宕山はNHKと強く結びついた。いまでもその放送センターを偲ぶ博物館のようなものが残っている。
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海運橋、駿河町雪:小林清親の東京名所図
続壺齋閑話
(
2016年10月20日 18:29
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(海運橋<第一銀行雪中>)
海運橋は、日本橋川から枝分かれした掘割にかかっていた。いまの兜町界隈にあたる場所だ。この橋の袂に、三井が一族の新たな拠点として「三井ハウス」を建てた。変則五階建ての、実に威風堂々たる建物で、俄に東京名所が一つ生まれたといって騒がれた。
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上野公園画家写生、上野公園内之景:小林清親の東京名所図
続壺齋閑話
(
2016年10月18日 18:56
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(上野公園画家写生)
上野の寛永時は徳川家の菩提寺として開かれ、徳川時代にも花見など節目節目に、境内地の一部が庶民に解放されていたが、維新後そのすべてが公園として全面解放された。正式名称を「恩賜上野公園」というのは、徳川家ではなく皇室より下賜されたということを強調するためである。
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不忍池畔雨中、池の端弁天:小林清親の東京名所図
続壺齋閑話
(
2016年10月15日 18:15
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(不忍池畔雨中)
不忍池は、谷中方面から流れてきた藍染川の水を溜めたものである。かつては、その水が隅田川に流れ出し、池の水は年中入れ替わっていた。だから水質もよかったわけだ。
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今戸橋茶亭の月夜、今戸有明楼の景:小林清親の東京名所図
続壺齋閑話
(
2016年10月13日 18:28
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(今戸橋茶亭の月夜)
今戸橋は山谷堀が隅田川に注ぐところにかけられた橋だ。かつて吉原が遊郭として賑わった頃には、この橋を猪牙舟に乗ってくぐり、山谷堀を溯上して吉原に向かうというのが通の遊び人のやり方だった。端唄の深川節にも、「かごでゆくのはふかがわ通い、ちょきでゆくのはよしわら通い」とある。
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御茶水蛍、茶の水雪:小林清親の東京名所図
続壺齋閑話
(
2016年10月11日 18:37
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(御茶水蛍)
これはお茶の水付近の神田川での蛍狩りの様子を描いた図柄。風景は闇に沈んでよく見えない。ただ闇の中に無数に飛び回る蛍の光と、それを水上から追いかける船の明かりが見えるだけだ。
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柳島日没、亀戸梅屋敷:小林清親の東京名所図
続壺齋閑話
(
2016年10月 8日 18:44
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(柳島日没)
柳島は、横十間川と北十間川の合流地点をさす。地形的には島ではないが、北側と東側を川で仕切られているために、島のような雰囲気を湛えていた。そこに柳が生えていたことから、柳島と呼ばれるようになったわけだ。この柳は落語の柳派の語源ともなった。この地の一角に法性寺という寺があるが、そこがかつては柳派の落語の拠点だったのである。
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両国雪中、両国花火之図:小林清親の東京名所図
続壺齋閑話
(
2016年10月 6日 18:44
)
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(両国雪中)
今でこそ両国といえば両国橋の東側である墨田区の地名になっているが、徳川時代から明治初期にかけてまでは、両国橋をはさんだ東西の両方をさして両国と言った。西両国は繁華な市街地を形成し、東両国は回向院の相撲をはじめ、見世物や興行を行う小屋が立ち並んでいた。
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二重橋前騎馬兵、旧本丸雪晴:小林清親の東京名所図
続壺齋閑話
(
2016年10月 4日 18:44
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(二重橋前騎馬兵 明治九年)
現在の二重橋は、堀前の広場から見て、手前が石橋、奥が鉄橋になっている。橋の正式名称は、手前が西丸大手橋、奥が西丸下乗橋といい、奥のほうを本来の二重橋と言うが、通常は二つを合わせて二重橋と呼ばれることが多い。
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東京小梅曳船夜図、小梅曳舟通雪景:小林清親の東京名所図
続壺齋閑話
(
2016年10月 1日 18:36
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(東京小梅曳船夜図 明治九年)
現在向島の曳舟通りになっているところは、以前は川が流れていた。この川はもともと亀有上水として、利根川の水を江戸市中に供給することを目的に掘られたものだ。その水路を利用して、船による物資の運搬も行われた。川が狭いこともあって、船は両河岸から綱で引っ張って動かした。これを曳舟というが、そこからこの水路を曳舟川というようになった。その名残が曳舟という地名や通り名になっているわけだ。(ちなみに昔の向島区役所は、この曳舟通りの近くにあった)
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東京橋場渡黄昏景、橋場の夕暮:小林清親の東京名所図
続壺齋閑話
(
2016年9月29日 18:20
)
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(東京橋場渡黄昏景)
橋場の渡しは、隅田川に多くあった渡しの中でももっとも古く、かつ利用度の高いものだった。場所は、現在白髭橋のあるところのやや下流あたり、浅草側の橋場と向島側の梅若塚を結んでいた。業平が東下りの途中で隅田川を渡ったところであり、また謡曲「隅田川」で狂女が船に乗って向島に渡るのもこの渡しであった。
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東京新大橋雨中図、隅田川小春凪:小林清親の東京名所図
続壺齋閑話
(
2016年9月27日 19:00
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(東京新大橋雨中図 明治九年)
清親が明治九年に松木から刊行した東京名所図シリーズ五点のうちの一点。清方の作品のなかではもっとも有名なもののひとつである。
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東京銀座街日報社、新橋ステンション:小林清親の東京名所図
続壺齋閑話
(
2016年9月24日 18:41
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(東京銀座街日報社、明治九年)
銀座通りに洋風の建物がつながる街が形成されたのは明治六年以降のこと。前年の火事で古い街並が焼けてしまったことと、開通したばかりの新橋駅の駅前通りとして洋風の景観を整備しようとする意向と、この二つの事情によって作られた街だ。清親が東京名所図のためにスケッチした明治九年頃には、大分整備が進んで、近代的な街並の景観を完成させつつあった。
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小林清親の東京名所図
続壺齋閑話
(
2016年9月22日 18:23
)
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小林清親は、光線画と呼ばれる画法を駆使して明治初年の東京を版画という形で表現した作家である。幕末から明治初年の江戸―東京を絵画の世界に定着した画家としては、安藤広重や河鍋暁斎という先輩がいたが、清親は自分なりの独特の画法で、明治初年の東京、それは徳川時代の田園的な雰囲気を残した江戸の名残としての東京から、西洋風の近代的な都市へと変貌しつつあった東京だが、そうした過渡期の東京の姿を、如実に見える形で残したことは、絵画の歴史の上のみならず、日本の歴史の上でも貴重な貢献であったといわねばならない。
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小島湾真景図:池大雅の世界
続壺齋閑話
(
2016年9月20日 18:34
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小島湾は、瀬戸大橋児島・坂出ルートの本州側の起点に当たるところにある。いまの岡山市の南側にあたる。古来風景の美しいところとして知られていた。池大雅は40歳代の半ばに友人の韓天寿と共に山陽を旅したことがあったが、この絵はその際に描かれたものだろうと推測される。
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