日本の美術

宜暁:蕪村の十宜図

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蕪村の十宜図から「宜暁」。もとになった李漁の漢詩「伊園十宜」のうち「宜暁」は次のとおりである。

  開窗放出隔宵雲  窗を開けて放ち出づれば宵雲隔たる
  近水樓臺易得昕  水に近き樓臺は昕(あした)を得易し
  不向池中觀日色  池中に向はずして日色を觀つつ
  但從壁上看波紋  但だ壁上に從って波紋を看る

宜冬:蕪村の十宜図

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蕪村の十宜図から「宜冬」。もとになった李漁の漢詩「伊園十宜」のうち「宜冬」は次のとおりである。

  茂林宜夏更宜冬  茂林夏に宜しく更に冬に宜し
  禦卻寒威當折衝  寒威を禦卻して當に折衝すべし
  小築近陽春信早  小築陽に近して春信(まこと)に早し
  梅花十月案頭供  梅花十月案頭に供ふ

宜秋:蕪村の十宜図

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蕪村の十宜図から宜秋図。もとになった李漁の詩「伊園十宜」のうち「宜秋」は次のとおりである。

  門外時時列錦屏  門外時時錦屏列なる
  千林非復舊時青  千林復た舊時の青さにあらず
  一從澆罷重陽酒  一に從って澆(そそ)ぎ罷む重陽の酒
  醉殺秋山便不醒  秋山に醉殺して便ち醒めず

宜夏:蕪村の十宜図

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「蕪村十宜図」から「宜夏」の図。もととなった李漁の漢詩「伊園宜夏」は次のとおりである。

  繞屋都將綠樹遮  屋を繞って都て將(これ)綠樹の遮ぎるところ
  炎蒸不許到山家  炎蒸山家に到るを許さず
  日長閑卻羲皇枕  日長くして閑卻す羲皇の枕
  相對忘眠水上花  相ひ對して眠りを忘る水上の花

宜春:蕪村の十宜図

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蕪村の「十宜図」シリーズは、池大雅の「十便図」とともに「十便十宜図」と称され、一括して国宝指定されている。この共作を企画したのは大雅だといわれる。大雅がまず、明の文人李漁の漢詩「伊園十便十二宜」の連作をもとに「十便図」を描き、残りの十二宜(実際には十宜)を絵にするよう蕪村に求めたのだった。蕪村はそれに応え、詩文に絵を添えて「十宜図」とした。時に明和八年、蕪村馬歯五十六の年である。

眺便:池大雅の十便図

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池大雅の十便図から「眺便」図。もととなった李漁の漢詩「伊園十便」のうち「眺便」は次のとおりである。

  叱羊仙洞赤松山  羊を叱す仙洞赤松の山
  一日雙眸數往還  一日雙眸數しば往還す
  猶自未窮千里興  猶ほ自づから未だ千里の興を窮めず
  送雲飛過括蒼間  雲の飛び過ぐを送る括蒼の間

防夜便:池大雅の十便図

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池大雅の十便図から「防夜便」図。もとになった李漁の漢詩「伊園十便」のうち「防夜便」は次のとおりである。

  寒素人家冷落村  寒素たる人家冷落の村
  只凴泌水護衡門  只泌水に凴り衡門護る
  抽橋斷卻黃昏路  橋を抽して斷卻す黃昏の路
  山犬高眠古樹根  山犬高く眠る古樹の根

樵便:池大雅の十便図

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池大雅の十便図から「樵便」図。もとになった李漁の漢詩「伊園十便」のうち「樵便」は次のとおりである

  臧婢秋來總不閒  臧婢秋來總て閒かず
  拾枝掃葉滿林間  枝を拾ひ葉を掃ふ滿林の間
  抛書往課樵青事  書を抛って課に往く樵青の事
  步出柴扉便是山  柴扉を步み出れば便ち是れ山

課農便:池大雅の十便図

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池大雅十便図から「課農便」図。もとになった李漁の漢詩「伊園十便」のうち「課農便」は次のとおりである。

  山窗四面總玲瓏  山窗四面總て玲瓏
  綠野青疇一望中  綠野青疇一望の中
  凴几課農農力盡  几に凴りて農を課せば農力盡く
  何曾妨卻讀書工  何ぞ曾て讀書の工を妨卻せん

吟便:池大雅の十便図

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池大雅の十便図から「吟便」図。もとになった李漁の漢詩「伊園十便」のうち「吟便」は次のとおりである。

  兩扉無意對山開  兩扉意無くして山に對して開く
  不去尋詩詩自來  去らずして詩を尋ぬれば詩自づから來る
  莫怪囊慳題詠富  囊慳を怪しむ莫れ富に題詠するを
  只因家住小蓬萊  只だ家住の小蓬萊たるに因るのみ

釣便:池大雅の十便図

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池大雅の十便図から「釣便」図。もとになった李漁の漢詩「伊園十便」のうち「釣便」は次のとおりである。

灌園便:池大雅の十便図

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池大雅の十便図から「灌園便」図。もとになった李漁の漢詩「伊園十便」のうち「灌園便」は次のとおりである。

浣濯便:池大雅の十便図

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池大雅の十便図から「浣濯便」図。もとになった李漁の漢詩「伊園十便」のうち「浣濯便」は次のとおりである。

汲便:池大雅の十便図

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池大雅の十便図から「汲便」図。もとになった李漁の漢詩「伊園十便」のうち「汲便」は次のとおりである。

耕便:池大雅十便図

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十便十宜図のもととなった李漁の詩「十便十二宜」のシリーズには、全体の序文と言うべきものがある。この小文を大雅は、「耕便」図の右端に掲げており、それに接して、「耕便」の詩文を書き入れている。

十便十宜図:池大雅と与謝蕪村

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池大雅と与謝蕪村は、徳川時代の文人画を代表する二代巨匠と呼ばれる。この二人はどちらも武士の出身ではなく、また生涯を通じて画風が変化したことなどを踏まえると、彼らを文人画家とするにはためらいがないわけではない。だが徳川時代中期を代表する画家には違いない。二人とも、大名や大寺院のお抱え画師ではなく、独立した職業画家として成功した日本最初の画家だったと言ってよい。そんなわけで、出自や経歴、画風などに共通点があり、互いに意識したであろうことが想像される。実際、彼らは同一のテーマで、絵の連作を試みている。「十便十宜図」と呼ばれる、一冊の画帖の製作がそれだ。

鷲図:若冲プライス・コレクション

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「鷲図」は、海に突き出た岩の上にとまっている鷲を描いたもの。肩をいからせた鷲の表情は精悍そもののであり、鶏や小禽類とはまた異なった趣を感じさせる。白黒の明暗対比がはっきりしていることも、この絵の峻厳なイメージを強めているようである。

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伏見人形とは、京都伏見稲荷大社付近の土を焼いて作った焼き物の人形。下地に胡粉を塗って白くし、その上から泥絵の具で模様を描くのが特徴である。この絵は、七人の布袋の人形が縦に並んだところを描いたもの。これを横に並べた絵も残っている。

松鷹図:若冲プライス・コレクション

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「松鷹図」は、松の枝に止まった一羽の鷹を描いたもの。鷹は、背景の部分を墨で薄く塗ることで、白く浮かび上がらせるようにしている。一方、羽や腹の部分は、細い線や点でアクセントをつけており、若冲のほかの動物たちとは、かなり違った印象を与える。

鯉魚図:若冲プライス・コレクション

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「鯉魚図」は、水面から出て飛び跳ねる鯉を描いたもの。全身ではなく半身なのは、鯉の動きの躍動感を強調するためと思われる。鯉は頭を上に持ち上げ、前鰭を前方に伸ばして、大きく跳躍しようとしている。鯉の下の水面は、鯉の動きによって波しぶきを立てている。そうした躍動感が如実に伝わってくる。

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