知の快楽

ユルゲン・ハーバーマスの論文集「イデオロギーとしての技術と科学」は、彼の初期の仕事で、その後彼が展開する思想の萌芽のようなものが提起されているということだが、なかでも最も力を入れて論じているのは、後期資本主義における科学・技術の問題だ。この問題を彼は、ヘルベルト・マルクーゼへの批判を通じて論じている。マルクーゼは資本主義の発展における科学・技術の役割の重要性を強調した始めての思想家というふうにハーバーマスは評価したうえで、マルクーゼが科学・技術がもっぱら資本主義を延命させる役割を果たしていることを指摘し、それへの対抗として、人間の解放につながるような科学・技術のあり方を模索したことを厳しく批判した。ハーバーマスによれば、科学・技術のあり方は、ただ一つしかないのであり、マルクーゼのいうような人間の解放を目指すような別の形の科学・技術のあり方などというものは存在しない。だから、もしもマルクーゼのいうような人間の解放を目指すなら、現存する科学・技術を前提として、それをどのように利用したらいいかを考えるのがまともなやり方だ、とハーバーマスは言うのである。

「啓蒙の弁証法」最終章は、「手記と草案」と題して短いメモのようなものを集めているが、中心となるのはファシズムについての考察である。アドルノらがこの文章を書いたのは1944年以前のことであるから、ファシズムは現在進行形の状態にあった。とくにナチスドイツのファシズム(アドルノらはドイツのナチズムもファシズムと呼ぶ)は人類史上例を見ない残酷さを以て、人間性を蹂躙していた。ユダヤ人であったアドルノらにとって、それをどう受け止め、どう理論化したらよいか、強い戸惑いを感じたに違いない。この章に収められた文章からは、彼らのそういった戸惑いと、人類の敵に対する怒りが込められている。

アドルノとホルクハイマーが反ユダヤ主義に着目したのは、直接的にはナチスのユダヤ人撲滅政策に触発されたのだと思うが、それだと反ユダヤ主義とは単にドイツ・ファシズムの一要素ということになってしまう。しかし反ユダヤ主義はなにもナチスだけの専売特許ではない。それは「ドイツ人の役人からハーレムの黒人にいたるまで」あらゆる国の潜在的ファシストたちの心に巣くっている。それ故現代における反ユダヤ主義は、ヨーロッパ文明の不可欠の要素として、ヨーロッパ文明が自己の内部から産み出した野蛮として理解されねばならない。反ユダヤ主義は啓蒙の弁証法の究極的なあらわれなのである。

アドルノ&ホルクハイマーの文化産業論

| コメント(0)
アドルノとホルクハイマーが「文化産業」という言葉で指し示しているのは、映画、ラジオ、テレビといった大衆的な文化のジャンルである。これらはみな二十世紀になって花開いた。これらがそれぞれ登場したときには、映画産業とか、ラジオ産業とか、テレビ産業というふうに、個々の分野について産業という言葉が使われものだが、アドルノとホルクハイマーはそれらを一括して「文化産業」と言ったわけである。

アドルノ&ホルクハイマーは、啓蒙の歴史的な段階を表現した好例としてホメロスの叙事詩「オデュッセイア」とマルキ・ド・サドの小説「ジュリエット」を取り上げる。「啓蒙の弁証法」の第二及び第三章は、それぞれ第一章たる「啓蒙の概念」への補論として、この二つの例の検討に当てられている。彼らによれば、「オデュッセウス」は、人類が野蛮の状態から文明の状態へと飛躍することで、童蒙(蒙昧)の状態から啓蒙の状態へ進化したことを表し、「ジュリエット」は、啓蒙がその絶頂を極めた時点で啓蒙の反対物たる獣性=野蛮を呼び出したということを主張したものだと言うのである。

アドルノとホルクハイマーは「啓蒙」と言う言葉を、ほぼ「文明」と同じ意味に使っている。「文明」という言葉には、一方向的な進歩というニュアンスが含まれており、過去の思想家たちがこの言葉を持ち出すときには、つねにそのような(直線的な進歩という)意味合いを持たせていたわけだが、アドルノとホルクハイマーは、そうした慣用的な用法を覆して、文明を直線的な進歩としてではなく、進んだり戻ったりというジグザグの運動を繰り返す、いわば螺旋状の運動なのだと定義しなおす。文明は時には野蛮を生み出すこともあり、そうした野蛮は文明にとっての例外的な逸脱ではなく、文明が不可避なものとして組み込んでいる、文明にとっての内在的なものの現れなのだと考え直すのである。弁証法という言葉には、否定性という契機が含まれているが、その否定性が野蛮となって現れる、と考えるわけである。

ハンス・ケルゼンはハロルド・ラスキとともにシュミットが最大の標的として強く批判した相手だった。どちらも権力の多元主義を肯定しているところが、権力の一元性にこだわるシュミットには我慢がならなかった。ラスキは国家をほかの形態の団体と並ぶ相対的な存在としてとらえ、その特権的な位置を認めない多元的権力論の立場をとった。ケルゼンは国家の特権性は認めたが、国家権力の一元性には懐疑的で、国家権力が複数の機関に分有され、それらが相互に牽制しあうという権力分立論を主張した。この考え方の背後にあるのは自由主義的な国家観である。

カール・レーヴィットのシュミット批判

| コメント(0)
カール・シュミットの著作「政治神学」の邦訳(未来社刊)には、カール・レーヴィットによるシュミット論の小文が二本掲載されている。「シュミットの機会原因論的決定主義」と「マックス・ヴェーバーとシュミット」だ。どちらもシュミットの決定主義的な議論を厳しく批判している。

カール・シュミットが「政治的なものの概念」のなかで展開した「友/敵」論は、彼の政治理論の核心をなすものだが、その評価をめぐっては、プラスとマイナス(肯定と否定)があい別れる。これを否定的に見るものは、シュミットが政治を「友/敵」の枠組に単純化することで、国家の行う戦争や内乱に積極的な意義を認め、その結果ナチスのようなものにも理論的な根拠を付与したと批判するもので、多くの政治学者はこの立場をとっている。シュミットが「ナチスの桂冠学者」といわれるのは、こうした見方が普及したことの一つの効果である。

シュミットが自分の著作の題名に用いた「政治神学」という言葉を筆者は、否定的な文脈で批判的な意味で使われていると受け取ったのだが、仲正はそうではなく、シュミットの立場を含めた政治学全般を特徴付けるような積極的な言葉として受け止めているようだ。そうした受け止め方によれば、政治学と政治神学は密接に重なりあう概念だということになる。

仲正昌樹はこの本の中で、カール・シュミットの主要著作三点(政治的ロマン主義、政治神学、政治的なものの概念)を取り上げ、テクストに添ってシュミットの思想を解釈している。例によって、学生相手の講義形式を踏まえているので、わかりやすい。

カール・シュミットの1924年の著作「ライヒ大統領の独裁」は、ワイマール憲法第48条の解釈をめぐる議論である。この条項は大統領の非常権限を定めた規定であり、それが後にヒトラーの独裁を許したものとして、公法学史上非常に議論のあるものとして知られるが、シュミットがこの論文(初版)を書いた1924年の時点では、1919年の制定からまだ5年しか経っていないにもかかわらず、ドイツの未曾有の政治的・経済的危機を前にして、すでに何度も実際に発令されており、しかもそのたびにその法的根拠とか効果をめぐってさまざまな議論が交錯し、この条項についての統一的な見解は成立していないような状態だった。シュミットをそれに一石を投じ、ワイマール憲法48条が定める大統領の独裁権限の範囲と効果について明らかにしようとしたわけである。

カール・シュミットの戒厳状態論

| コメント(0)
カール・シュミットは「独裁」の最終章を「既成法治国家的秩序内における独裁」と題して、戒厳状態に関するかなり詳しい議論を展開している。章題から伺われるようにシュミットは、戒厳状態を独裁と密接に結びつけて考察する。それはここで分析されている戒厳状態が、近代的な意味での権力の分立を廃止し、権力の一元化をもたらすとの認識から来る。シュミットが独裁を国家の危急(例外)事態における主権者の振舞と明確に規定するのは「政治神学」においてであるが、この著作においては、戒厳状態がなぜ独裁を要請するようになるのか、そのメカニズムを考究することで、独裁と主権とをつなげる道筋を明らかにしようとしたのだと思う。

カール・シュミットにとって、政治をめぐる議論のなかでもっとも我慢がならないのは自由主義的政治論だ。民主主義はまだ我慢ができる。民主主義なら、シュミットが主張する主権者の議論とか独裁とも両立する。民主主義から独裁が生まれた歴史的な例もある(フランス革命におけるジャコバン独裁)。ところが、自由主義からは絶対に独裁は生まれない。独裁と自由主義的政治体制は、水と油の関係、というより両立不可能な対立関係にある。そこでシュミットは、ケルゼンとかラスキの自由主義的議論を目の仇にするわけだが、自由主義的な立憲主義の元祖といわれるモンテスキューについては、かなり屈託した思いを抱いているようだ。基本的には批判しながらも、その歴史的意義については一定の理解を示している。

カール・シュミットの独裁論

| コメント(0)
カール・シュミットが「独裁」を刊行したのは1921年のこと、「政治的ロマン主義」(1919)と「政治神学」(1922)にはさまれた時期である。この著作を通じてシュミットが本当に目指していたのは、「独裁」を例外状態における主権者の行為として正当化することだったと思うのだが、表向きにはそこまでは主張していない。とりあえず独裁というものに、政治的・公法的な存在意義を付与しようという意気込みだけが伝わってくるように書かれている。独裁をめぐる価値論ではなく、独裁の存在論というべき議論が、この著作の表向きの風貌なのである。

カール・シュミット「政治神学」

| コメント(0)
「主権者とは、例外状況にかんして決定をくだす者をいう」。これは、カール・シュミットの著作「政治神学」の冒頭の文章だ(田中浩、原田武雄訳)。この文章でシュミットは、政治の本質を簡略に表現している。シュミットはこのように簡潔で断定的な文章を通じて自分の思想を表現しようとする傾向が強い。まず断定することが大事なので、その意味するところは追々説明してゆけばよい、というスタンスである。

「政治的ロマン主義」は、カール・シュミットの始めての本格的な政治学論文である。これが書かれたのは1919年だが、その時点でロマン主義を取り上げたことに何か特別の事情があるのか、21世紀の日本の読者にとっては腑に落ちないところがある。しかもこの論文は、アダム・ミュラーとかフリードリッヒ・シュレーゲルとか、政治理論の上でも、またほかのいかなる精神史的な歴史においてもほとんど関心の対象とならないような人物について、延々と退屈極まる論及を行っている。そうした退屈な論及が、シュミットがこれを書いた1919年のドイツにおいては、ことさらに意義を持っていたかと言えば、どうもそうでもないらしい。にもかかわらずシュミットは、なぜこんな文章を書いたのか。

カール・シュミットのルソー批判

| コメント(0)
ルソーの社会契約論における全体主義的傾向を指摘する議論は結構根強く行われているが、カール・シュミットはそうした議論の先駆者といってよい。彼のルソー批判は、全体主義を批判する議論の中では、いまだに強い論拠として引用され続けている。

カール・シュミットの大衆民主主義論

| コメント(1)
カール・シュミットは、「現代議会主義の精神史的状況」のなかで、民主主義と議会主義とがかならずしも結びつかないということを主張したが、「議会主義と現代の大衆民主主義との対立」という小論の中では一歩進んで、民主主義と議会主義との根本的な対立について述べている。ここでシュミットが想定している民主主義とは、民主主義の現代的な形態としての大衆民主主義のことだが、それは単純化して言えば、多数による支配の徹底ということらしい。

カール・シュミットの議会主義批判

| コメント(1)
カール・シュミットが「現代議会主義の精神史的状況」のなかで主張したことは、一つには、民主主義と独裁とは対立するのではなく親密な関係にあること、もう一つには、民主主義と議会主義とは必然的な関係にはないこと、というより対立関係に陥りやすい傾向があること、この二つのことであった。民主主義と独裁との関係については、先稿でふれたので、ここでは民主主義と議会主義との関係についてのシュミットの議論を見ておきたい。

Previous 1  2  3  4  5  6  7  8  9  10  11



最近のコメント

アーカイブ