映画を語る

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「もがり」という言葉は、天皇が死んだ際に、新旧二人の天皇の、いわば引継ぎのようなことを目的に行われる行事で、天皇以外の一般の日本人には使われない言葉だが、この映画では、それを普通の日本人について使っている。折口信夫のような伝統主義者からは叱られるところだろうが、象徴的な意味合いとして用いるのなら許されるかもしれない。

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河瀬直美の映画には、映像をして語らしめるようなところがあって、言葉による説明を極力省く傾向がある。それゆえ観客には、映画の中の物語の進行がどうなっているのか、しばしばわからなくなることがある。「萌の朱雀」も、そういうわかりにくい映画だ。

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篠田正浩の1986年の映画「鑓の権三」は、近松の浄瑠璃「鑓の権三重帷子」を映画化したものだ。原作は姦通と女仇討ちをテーマにしている。妻に姦通された夫が、妻とその姦通相手の男を共に討ち果たすというもので、同じようなテーマのものとしては「堀川波鼓」がある。どちらも姦通をした妻の立場から姦通のいきさつと、姦通という罪を犯した妻の無念さを描いているが、「鑓の権三」の場合には、妻は自分の意思から姦通をしたつもりもないし、また実際に肉の交わりを結んだわけでもない。にもかかわらず、自分から姦通の罪を背負って、潔く夫に討たれるというような内容だ。

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篠田正浩の1984年の映画「瀬戸内少年野球団」は、決して傑作とは言えないが、主演女優の夏目雅子が独特の魅力を発していて、彼女が出ているというだけで、見るに値するものになっている。実際この映画の中の夏目雅子は、日本の女性の一つの典型を演じていて、その役柄が彼女の本来の姿と重なって、見る者に親近感を抱かせるのだろう。その彼女はこの映画の翌年に癌で死んでいる。だからこの映画は、彼女の遺作と言ってもよい。

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篠田正弘の作品「はなれ瞽女おりん」は、水上勉の同名の小説を映画化したものである。瞽女とは、盲目の女性芸能民のことで、集団をなして各地を放浪し、門付けなどをして暮らしていた人々だ。彼女らは疑似母親のもとで固く結束し、厳しい掟を自らに課していた。弱い身として生きる知恵でもあるその掟は、もしそれを破る者がいると集団の崩壊につながる恐れがあるので、集団から排除・追放された。追放されて一人になった瞽女をはなれ瞽女と言う。水上勉はそのはなれ瞽女をモチーフにした小説を書き、それを篠田が映画化したわけだ。

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ニキータ・ミハルコフの2007年の映画「12人の怒れる男」は、アメリカで何度も舞台・映画化された作品のロシア流リメイクである。この作品は裁判制度の問題点をテーマにしたもので、人が人を裁くことに正義があるのかということをとりあげたものであるが、ミハルコフのこのリメイクでは、それにロシア流の味付けが施されている。つまり、ロシアという国には、そもそも正義を体現した法がないのではないのか、そんな国で裁判をすることにどんな意味があるのか、ということについてロシア流のブラック・ユーモアを交えながら描いているわけだ。

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ニキータ・ミハルコフの2011年の映画「遥かなる勝利へ」は、「太陽に灼かれて」で始まる独ソ戦三部作の最後の作品だ。ここでコトフ大佐は生き別れになっていた最愛の娘ナージャと再会する。しかしそこは独ソ戦の最前線で、コトフはナージャを地雷から助けようとして自らが犠牲になり死んでしまう。ハッピーエンドにはならないのだ。

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ニキータ・ミハルコフの2010年の映画「戦火のナージャ」は、「太陽に灼かれて」の続編である。前作で主演のコトフ大佐は逮捕された後銃殺刑に処せられたとアナウンスされ、その娘のナージャも刑死したとされていたが、実は二人とも生きていた。その二人のその後の生き方を描いたのが続編の映画である。見どころは、父親が生きていることを知った娘のナージャが、命を掛けて父親を探し出そうとするところである。というのも、二人は、独ソ戦の中で戦線の真っただ中をさまようこととなり、それこそ命を危険にさらす日々を送ったからである。

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1994年公開のロシア映画「太陽に灼かれて」は、1930年代半ばのいわゆるスターリン粛清の一端を描いたものだ。この粛清では100万人以上が犠牲になった。その多くは、スターリン派による反スターリン派の粛清であるが、中にはこれに乗じて私的な怨みを晴らしたようなものもあったらしい。この映画はそうした私的な怨みをテーマにしている。

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アレクサンドル・ソクーロフの2011年の映画「ファウスト」は、ロシア人であるソクーロフがロシアで作ったロシア映画である。ところが、映画の中ではドイツ語が使われている。これを見た筆者は、最初はドイツ語吹き替え版かと思ったが、そうではないらしい。わざとドイツ語を使っているようなのだ。タイトルもドイツ語で書かれている。ヨーロッパ映画には、国際協力映画というものがあって、たとえばイタリア中心の映画でフランス語が用いられたりはするが、ロシアで作られた映画でドイツ語をもちいるというのはどういうわけか。これでは、日本映画でありながら、もっぱら中国語を聞かされるようなものだ。

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2003年のロシア映画「父、帰る」は、思春期の息子と父親との難しい関係を描いたもので、ある種の教育的効果を感じさせる作品である。父と息子との関係は人類共通の難しさをもっているのではあるが、したがって完全に予定調和的な関係はありえないのだが、この映画の中の父子関係は、最初から最後まで破綻したままで、ついには教育者たるべき父が自滅してしまうのである。したがってこの映画は、失敗した父子関係を描いたといってよい。こういう関係がロシアでは珍しくないのか。日本人である筆者などは大きな違和感を抱きながら見た次第だ。

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1998年の映画「ワンダフルライフ」は、是枝裕和の二作目だが、後年の映画とは違って、物語性が強い作品だ。それも、この世ではありえないことを物語っている。というのも、死者があの世へ旅立つにあたっての通過儀礼のようなことをテーマにしているのだが、そうした通過儀礼は、この世では、想像の世界ではともかく、現実の世界ではありえないからだ。

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是枝裕和は「誰も知らない」の中で親に捨てられた子供たちのけなげに助け合い生きて行こうとする姿を描いたが、この「海街diary」でもやはり子供たちが助け合いながら生きている姿を描いた。違うのは「誰も知らない」の子どもたちがみな幼い四人兄妹だったのに対して、この「海街diary」の子どもたちは四人とも女性で、しかもそのうちの三人はすでに成人していることだ。その成人している子どもたちが、自分たちを捨てた父親の葬儀の場で、父が残した異母妹と出会う。その子を見た長女は直感に打たれたように、この妹を引き取って、自分たち三人姉妹と一緒に暮らそうと呼びかける。妹はその呼びかけに答える。かくして三人姉妹にもう一人を加えた四人の女性たちによる共同生活が始まる。映画はその共同生活を淡々と描き出すのだ。

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題名の空気人形とはダッチワイフのことである。ダッチワイフというのは、男の性欲処理の為に作られた人形で、空気で膨らませてあり、股間の陰部に男根を挿入して疑似セックスができるような仕掛けになっている。長期間単身生活を強いられる男性には有効な働きを果たすといわれ、南極探検隊にも同行されるというすぐれものである。

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是枝裕和には、ドラマチックな筋書きを廃して、人々の日常を淡々と映し出すような傾向が強くある。その日常は、特に変わったことが起るわけではなく、むしろ平凡な人々の平凡な日常が映し出されるだけである。それを是枝は、登場人物が交わす会話によって表現する。会話だからとりとめのない話に傾きがちだが、ときには昔の思い出に触れたり、あるいは話す人の情念を反映していたりもする。そういう何気ない会話を通じて、登場人物たちの生き方をあぶりだしてゆくというのが、是枝の映画の大きな特徴だ。2008年の作品「歩いても歩いても」は、そういう傾向が非常に強く認められるものである。

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若松孝二は晩年に一大ブレイクし、「キャタピラー」や「千年の愉楽」といった傑作を作っているが、「実録・連合赤軍 あさま山荘への道程」は、その若松自身が自分の映画人生の総決算だと言っている作品である。自分の総決算と位置付ける作品になぜ「連合赤軍」を選んだのか。若松は多くを語っていないようだが、それ以前の連合赤軍の描き方が警察目線に立っていたことへの抗議の意味を込めていたとも考えられる。それほどこの映画は、連合赤軍の立場に立っているところが感じられる。もっとも連合赤軍のやったことは、誰も擁護はできないし、また当事者の意識が混濁していたとしか考えられないほどお粗末なものだったので、若松といえども彼らに感情移入することはむつかしかっただろう。

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岡本喜八は「独立愚連隊」シリーズで日本軍をコミカルに批判していたが、「肉弾」はそんな岡本の戦争批判映画の傑作だ。この映画を通じて岡本は、日本軍を批判するとともに戦争そのものの愚かしさを痛烈に描き上げた。

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2013年の原恵一の映画「はじまりのみち」は、木下恵介生誕100周年を記念して作られたもので、木下恵介へのオマージュのような作品である。映画監督個人へのオマージュとしては、新藤兼人が溝口健二の生涯を描いた「ある映画監督の生涯」があるが、原のこの映画は、木下の生涯の一時期(青春時代)に焦点を当てて、木下の映画作りへのこだわりのようなものを取り上げている。

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日本人は昔から怪談好きだったが、それは日本の夏の暑さと関係があったらしい。我々日本人は、今でこそエアコンで夏の暑さをしのげるようになったが、昔はそういうわけにもまいらず、我々の先祖・先輩たちは怪談話を聞いたり見たりしながら、暑気払いにあいつとめたものと見える。そんな怪談話の中でももっとも人気を博したのが「四谷怪談」だ。原作は鶴屋南北だが、そのほかにもいろいろなバージョンがあって、人々を怖がらせてきた。怖がることによって、ヒヤッとした冷気を味わってもらおうというわけであろう。

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昭和十八年公開の映画「花咲く港」は木下恵介のデビュー作である。九州の離島を舞台に、気のいい島人とそれを騙そうとするペテン師とのやりとりを描いている。その離島がどこなのか、画面からは明確に伝わってこないが、どうやら長崎から遠くないところにあるように思われる。最後に自首したペテン師たちが、警官に船に乗せられて連行される先が長崎だからだ。

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