映画を語る

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小津安二郎の1957年の映画「東京暮色」は、前年の「早春」と翌年の「彼岸花」に挟まれたかたちの作品で、小津としては「東京物語」を頂点とする一連の家族ものの後に位置するものだ。小津の家族ものには、伝統的な家族が崩れゆくことへの哀愁のようなものを感じさせるところがあり、その点ではもともと暗い要素を含んでいたのだが、「東京暮色」ではその暗い部分が、極端に前景化して、見ていていささか憂鬱になるくらいだ。

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高嶺剛は沖縄の石垣島出身ということもあって、沖縄に拘った映画を作り続けた。その映画のスタイルは、沖縄の民話を意識しながら、沖縄の人々の暮らしぶりを幻想的に描くというものだった。1989年の作品「ウンタマギルー」は、そうした高嶺の代表作である。この映画は、本土復帰直前における沖縄の人々の暮らしぶりを、沖縄県西原町に伝わる民話「運玉義留」を織り交ぜながら、幻想的な雰囲気の映像に仕上げたものである。

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中国は長らく外国映画の上映を禁止していたのであったが、改革開放政策が始まった1979年にその禁止を解いた。その時に最初に上映されたのが、高倉健主演の「君よ憤怒の河を渡れ」であった。中国語で「追補」と題されたこの映画は、大変な人気を呼び、実に八億人の中国人が見たという。主演の高倉健と中野良子は一躍人気スターとなり、高倉君は後に日中合作映画「単騎、千里を走る」で主演したほどだ。

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小林正樹の1962年の映画「切腹」は、落ちぶれた浪人の武士としての意地を描いたものだ。徳川時代の初期、寛永年間の話である。この時代は、藩の取りつぶしや改易が頻繁に行われ、その度に主家を失って浪人となる武士が輩出した。かれらはもとより生業もなく、生活の糧を得られないので、困窮のどん底に陥る者が跡を絶たなかった。そこで、諸藩の屋敷の玄関先に出没しては、ゆすり・たかりを働く者も多かった。そこで、食いつめて生きることに絶望し、切腹して死にたいので門先を貸してほしいと申し出、相手を驚かせて金品を巻き上げるようなことが流行っていた。この映画は、そんなゆすりまがいのことをする浪人を主人公にして、武士の意地を描いているのである。

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小泉堯史の2000年公開の映画「雨あがる」は、黒澤明が脚本を書いた。だから黒澤らしい雰囲気を感じるところがある。この映画は、安宿にしけこんだ貧しい庶民たちの生きざまを描いているのだが、その描き方に黒澤の作品「どん底」や「ドデスカデン」と共通するところがある。もっとも、こちらの方は、筋立てや人間描写に緊張感がなく、全体に緩いという印象を受ける。主演の寺尾聡とその妻宮崎美子が、どちらも茫洋とした感じで、いまひとつ締まりがないこともあるからだろう。

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レニングラードをめぐる攻防戦は、スターリングラードにおけるのと並んで独ソ戦最大の山場になったものである。レニングラードは、ソ連の軍需産業が集中していることと、地理的な条件からして、ドイツにとっては対ソ連戦の重要拠点と位置付けられ、独ソ戦の最初のステージから、最大の戦場となった。ドイツが、独ソ不可侵条約を破ってソ連に侵攻するのは1941年6月のことであるが、その最初の段階でレニングラードが攻撃の対象となった。ヒトラーは、レニングラードを地上から殲滅すると豪語し、大規模な軍を差し向けた。ただし多大の犠牲を払って攻略するという戦略はとらず、周囲から孤絶させて、住民を餓死させるという戦略をとったために、攻防戦は長期化し、1941年9月8日から1944年1月8日まで、実に900日にわたる長さとなった。その間にソ連側の蒙った損害は、公式発表でも67万人、一説には100万人を超える死者を出したとされる。

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アレクサンドル・ソクーロフの2005年の映画「太陽」は、昭和天皇の敗戦前後の言動をテーマにしたものである。ロシア人の監督によるロシア映画であるが、昭和天皇を始め出て来る人間はほとんどが日本人であり、その日本人を日本人の役者が演じ、かれらのしゃべっている言葉も日本語である。だから、これがロシア映画とわかったうえで見ていないと、まるで日本映画を見ているような錯覚に陥る。もっともこの映画は、昭和天皇を始めとした日本人を、戯画化したところがあるので、こんな映画を日本人が作ったら、観客たる日本人から袋叩きにされたであろう。

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ヴィム・ヴェンダースの2015年の映画「誰のせいでもない」は、日本人にとっては理解しがたい内容の作品である。交通事故で小さな子どもを死なせた男が、法的には何の責任を負うこともなく、また死んだ子の母親からも責められることもなく、自分自身良心の呵責を感じている様子にも見えない。彼は作家なのだが、自分が犯したことよりも、自分自身の職業的な成功のほうが大事、というふうに伝わって来る。こういう話は、日本人には理解しがたいものだ。日本では、過失の程度が軽い場合にも、小さな子を交通事故で死なせた人間が無罪放免になることはほとんど考えられないからだ。

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アトム・エゴヤンの2015年の映画「手紙は憶えている」は、ナチスのホロコーストをテーマにした作品である。アルメニア起源のカナダ人であるアトム・エゴヤンが何故ナチスの犯罪を描いたのか。この映画の制作にはドイツ資本も加わっているので、ドイツ側からのアクセスがあったのか、よくはわからないが、ホロコースト映画としては一風変わっていて、ナチスの犯罪を糾弾するというより、ホロコーストに名を借りて、風変わりなミステリー映画に仕上げたといった趣の映画である。

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アラン・J・パクラの1982年の映画「ソフィーの選択」は、ナチスの絶滅収容所をテーマにした作品である。アウシュヴィッツを生き延びた女性が、自分の過酷な体験を物語るというのがメーン・プロットだが、その体験は彼女にとっては、克服できないトラウマとなり、最後にはそのトラウマに押しつぶされるようにして自殺してしまう。なんとも陰惨で、救いのない人生を描いており、大方の観客は、後味の悪い脱力感にひきこまれるはずだ。
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「シャーロック・ホームズ」シリーズは、小生が子供の頃はよく読んだことを覚えているが、いまでも人気は衰えず、世界中で読み継がれているそうだ。映画ドラマにも相性がよくて、これまで大変多くの映画が作られた。なかでも、バジル・ラズボーンをホームズ役にした1940年代半ばの映画のシリーズものは、もっとも洗練されているとの評判である。これは、日本では公開されなかったが、英米では大ヒットしたそうだ。

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ビリー・ザ・キッドは、ワイアット・アープやバッファロー・ビルと並んで、アメリカ西部開拓時代の英雄である。英雄とはいっても、強盗や殺人を繰り返した男なので、アンチ・ヒーローと言うべきだろう。かれが、アンチ・ヒーローとはいえ、なぜ英雄視されるようになったのか、その理由は、日本の鼠小僧と共通したところがあるらしい。鼠小僧は、強きをくじき弱きを助けるところに、人気の秘密があったが、ビリー・ザ・キッドにもそういうところがあったのだろう。サム・ペキンパーの1973年の映画「ビリー・ザ・キッド/21才の生涯(Pat Garrett and Billy the Kid)」は、そんなビリー・ザ・キッドをテーマにしたものだ。ビリー・ザ・キッドを描いた映画は、数えきれないほどあるといわれるが、この映画はそのなかでも最高傑作と言われるものだ。

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西部劇ばかり作って来たサム・ペキンパーにとって、1971年の作品「わらの犬」は、はじめての現代劇だが、これは暴力描写が得意のペキンパーの映画のなかでも、とりわけ暴力的な作品だ。その暴力は、ほかの作品の暴力より一段度を超した印象を与える。西部劇の暴力は、だいたい拳銃を通じて行われるので、ある種メカニックな印象を与えるが、この映画の中の暴力は、棍棒とか鉄棒とか、いわば人間の身体の延長を通じて行使されるので、露骨に人間的な暴力といった観を呈しているのだ。

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「昼下がりの決斗」は、西部劇の名手サム・ペキンパーが1962年に作ったもので、彼の西部劇の特徴をよく見せたものだ。ペキンパーの西部劇は、良心的な拳銃使いが、粗暴なガンマンを相手に、ひと働きするというのが定番で、そういう筋書きの西部劇を、かれはテレビ映画として夥しい数の作品を作った。この「昼下がりの決斗」は、そうしたテレビ西部劇の延長にあるもので、迫力には欠けるが、一応楽しめるようにはできている。もっともこの映画は、興行的には失敗で、製作費の回収もできなかったそうである。

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小泉堯史の2008年の映画「明日への遺言」は、大岡昇平の小説「ながい旅」を映画化したものである。原作は、一BC級戦犯の裁判をテーマにしている。東海軍司令官だった岡田資が、名古屋空襲中に捕虜になった米兵たちを簡易裁判で有罪にし、斬首して処刑したことが、戦争犯罪に問われた事件だ。岡田自身はこの裁判の結果絞首刑になったが、法廷で米軍による無差別空襲の非人道性を指弾し、また罪を一人でかぶるなど、人間として高潔な態度を終始とったことを、大岡なりの視点から評価した作品だ。映画は大岡のそうした意図を、よく表現し得ていると思う。

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赤目四十八滝とは、三重県の山中にある大小多くの滝の総称だそうだ。そこへ小生は行ったことがないが、この映画「赤目四十八滝心中未遂」で見る限り、なかなか見どころの多いところらしい。この映画は、そこを心中の舞台に選んだ男女の恋を描いているのだが、その恋というのが、なんとも言われず物悲しいのだ。

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吉田大八の2014年の映画「紙の月」は、不倫にのめりこんで男に貢ぐあまり横領を繰り返した銀行員の話である。同じようなことが実際の事件としてあったので、それに触発されたところもあるのだろう。また、中年女が若い男に入れ込むことはよくあるようなので、これを見た観客には、思い当たるところがあるに違いない。

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題名の「百円の恋」からは、百円くらいにしか値しない恋といったイメージが浮かんでくるが、この映画のなかで描かれている恋は、別に金がどうのこうのというものではない。安藤さくら演じる女主人公が、ひょんなことから百円ショップに努めることになり、そこを舞台にして彼女の恋が展開する、ということらしいのだ。

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東陽一の2010年の映画「酔いがさめたら」は、アルコール依存症がテーマだ。アルコール依存症になった男が、そのことが理由で妻子に去られたのだが、その妻子の励ましを受けながら立ち直ろうとするものの、アルコール依存症とは別の病気、癌で命を落とすところを描いている。その描き方がやや違和感を抱かせるように感じるのは、主人公のアルコール依存症患者の人格が、かなりゆるく描かれているためだろう。この男は、自分自身に甘えがあるのだが、その甘えを別れた妻子までが助長している。また、かれが治療のために入院した精神病院のスタッフや患者たちも、かれを励ます役割を果たしていて、これで立ち直れないようでは、どうしようもないと感じさせるからだ。実際、かれは癌で死ぬことになるわけだから、何のために治療を受けたのか、腑に落ちないと思わせるところが、この映画にはある。

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東陽一の2004年の映画「風音」は、沖縄戦がテーマである。沖縄戦といっても、戦争シーンが出て来るわけではない。沖縄戦そのものを描いているのではなく、それが後日に及ぼした影響のようなものに言及しているだけである。それも、直接的な影響ではない。何故なら、この映画に出て来る人々は、沖縄戦そのものを全くと言ってよいほど意識していない。沖縄戦の残した遺産とでもいうべきものに、心の一部を捉われているようなのだ。

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