映画を語る

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稲垣浩は宮本武蔵が好きだったと見えて、何度も映画化している。戦時中の四部作と戦後の三部作がその代表的なものだ。戦後版の三部作は、当時人気上昇中の三船敏郎を武蔵に据え、三国連太郎を相棒の又八にしたもので、三船の野性的な荒々しさを生かした作品だった(三国は、内田吐夢のシリーズでは沢庵坊主を演じている)。

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内田吐夢の宮本武蔵シリーズ第三作は「二刀流開眼」。これは前半で柳生石舟斎との対決、後半で吉岡清十郎との対決を描く。タイトルにもある二刀流開眼とは、柳生の高弟たちと戦っている間に、思わず大小を構えたことがきっかけというふうになっている。稲垣のシリーズものとは、重なるところがほとんどない。

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内田吐夢監督、中村錦之助主演の宮本武蔵シリーズの第二作「般若坂の決斗」は、姫路城での三年間の幽閉から解放された宮本武蔵の、最初の武者修行を描いたものだ。解放された武蔵はさっそくお通と逢うのだが、同行を願うお通を振り払って単身武者修行の旅に出る。その際、橋の欄干に「許してたもれ」という書置きを残すところは、稲垣のシリーズと全く同じ演出だ。稲垣の場合には、その場面が第一作目のラストシーンになっていたわけだが、内田の場合には、第二作のスタートシーンというわけだ。

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剣豪宮本武蔵を主人公にした映画にはさまざまなバージョンがあるが、ここでは1950年代に稲垣浩が三船敏郎を武蔵役にして作った三部作と、内田吐夢が1960年代に中村錦之助を武蔵役にして作った五部作シリーズを取り上げてみたい。まづ、内田吐夢のシリーズから。

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エミール・クストリッツァの2016年の映画「オン・ザ・ミルキー・ロード」は、ユーゴスラビアの解体に伴う内戦をテーマにしてきたクストリッツアらしく、やはり民族間の戦争を描いている。この映画のなかではクストリッツァ自身が主人公役で登場する一方、内戦の虚実については触れていないのだが、これが彼が従来描いて来たボスニア内戦を念頭に置いていることは疑いない。その内戦の炎のなかで、一対の男女の愛が割かれる非合理というのが、映画の訴えていることである。

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エミール・クストリッツァの2004年の映画「ライフ・イズ・ミラクル」は、「アンダーグラウンド」と「黒猫・白猫」を足して二で割ったような作品である。「アンダーグラウンド」同様ボスニア内戦をテーマにしているが、「アンダーグラウンド」ほどシリアスではなく、「黒猫・白猫」のような楽天性を有している。内戦という悲劇的状況を描きながら、喜劇的な雰囲気を漂わせているのである。

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エミール・クストリッツァの1999年の映画「黒猫・白猫」は、祝祭的なドタバタ喜劇というべき作品である。祝祭性とかドタバタ性とかは、前作「アンダーグラウンド」においても濃厚だったが、この映画のなかではそれが前面に出ている。一方、「アンダーグラウンド」が持っていた政治的なメッセージ性はそぎ落とされて、純粋な娯楽作品になっている。

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1995年のパルム・ドールをとった「アンダーグラウンド」は、バルカン半島現代史ともいうべき作品である。これを作ったエミール・クストリッツァはユーゴスラヴィア人を自称しているが、出身はサラエヴォで、父親はセルヴィア人、母親はムスリムである。ユーゴスラヴィアの要素を大方体現しているわけである。その彼が、どの民族の視点にも偏らず、ユーゴスラヴィア人としての視点から描いたというのが、この映画の一つの特徴となっている。しかし、もはやユーゴスラヴィアにかつてのような実体性はないと言ってよい。その実体を持たぬ、いわば架空の視点から映画を作っているわけで、そういう意味でこの映画は、空想のなかのユーゴスラヴィアを描いたといってよい。事実この映画は、舞台をユーゴスアヴィアとは言っておらず、「むかしある所にある国があった」というような言い方をしているのである。

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エミール・クストリッツァの1989年の映画「ジプシーのとき」は、ヨーロッパのロマ人をテーマにした作品である。ヨーロッパのロマ人は、厳しい差別の対象だが、この映画のなかのロマ人もそうした差別されるべき人々として描かれている。なにしろ冒頭で出て来る人物が、神がこの世界に下りてきても、そこにロマ人を見たら、いやになって天上に戻るだろうと言うくらいだから、この映画を作ったクストリッツァもそのように思っているのではないかと、思われるほどだ。それほどこの映画の中のロマ人たちは、否定的に描かれている。

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エミール・クストリッツァの1985年の映画「パパは、出張中!」は、カンヌのパルムドールを獲得し、エミール・クストリッツァの名とともに、ユーゴ・スラビア映画に国際的な注目を集めた作品だ。この映画が公開された時には、ユーゴ・スラビアはまだ解体前だったが、この映画には国家に対するシニカルな見方が強く感じられ、近未来の解体を暗示するようなところがある。

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1989年のアメリカ映画「メジャーリーグ」は、ある種のアメリカン・ドリームを描いたものだ。夢の舞台となるのは、タイトルにあるとおりメジャーリーグだ。メジャーリーグはアメリカ最古のプロスポーツであり、しかもアメリカの国技とも言える野球の舞台なので、数々の夢を育んできた。この映画が描いた夢もその一つ、しかも正夢となった夢だ。

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1989年のアメリカ映画「フィールド・オブ・ドリームス(Field of Dreams)」は、アメリカ人の野球へのこだわりをテーマにした作品だ。野球はアメリカ人の夢そのものであり、その夢はアメリカの歴史を育んできたといってもよいほどだ。だからアメリカ人は、野球をテーマにした映画を、それこそ星の数ほど作って来た。かつての日本で時代劇のチャンバラ映画を作ればかならずヒットしたように、アメリカでは野球映画はかならずヒットしたのである。その中でも「フィールド・オブ・ドリームス」はもっとも成功した作品のひとつだ。

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ナチス指導者たちの戦争犯罪を裁いた国際軍事裁判、いわゆるニュルンベルグ裁判の様子を、記録映像をもとに再現したドキュメンタリー映画「13階段への道」が作られたのは、1957年のドイツでだが、それからほぼ十年後、アメリカにおいて、同じような趣旨のドキュメンタリー映画が、「新13階段への道」と題して公開された。

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小林正樹が1983年に作ったドキュメンタリー映画「東京裁判」は、太平洋戦争の日本側の指導者を裁いた「極東国際軍事裁判」の様子を取り上げたものである。東京裁判が終結したのは1948年のことだが、それから35年もたってドキュメンタリー映画が作られたのは、裁判の記録の公表と関係している。米国防総省が裁判記録を公表したのは、裁判終結から四半世紀たってのことであり、この映画はその膨大な記録を編集することで作られたのである。

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「浪人街」は、戦前のサイレント映画時代に、牧野省三、正博父子が共同で作った時代劇のシリーズで、三作が作られた。その第一作目を、1990年に黒田和雄がリメイクした。牧野省三の六十回忌記念という名目になっており、戦前の作品を監督した牧野正博が総監修役として加わっている。

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黒木和雄の1988年の映画「TOMORROW」は、1945年8月8日の長崎を描く。この日の翌日8月9日の午前11時2分に、長崎では原爆がさく裂した。それに遡る二十四時間における、長崎の人びとの暮らしをこの映画は描くのである。映画に出て来る人々は、ある家族とその周辺の人々だ。かれらはいずれも自分なりに生きている。そして明日への希望やら、明日に持ち越した用事を抱えている。そんな彼らに平常な明日は訪れなかった。ほとんど全員が原爆の為に、消えてなくなってしまったのだ。そのことを、映画の冒頭で、一人の少年がつぶやく。なぜ大人たちはみんな消えてなくなってしまったんだ、と。

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黒木和雄の1978年の映画「原子力戦争」は、原発事故を絡めながら、日本の原発の問題点を訴えた反原発映画である。それとして明示されてはいないが、福島第一原発が舞台になっている。田原総一郎の同名の小説が原作だと称していて、その田原は福島第一原発に取材して書いたということだが、そこに問題意識として出されていたものが、3.11で表面化したということだ。もっともこの映画は、原作に忠実ということではないらしい。

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黒木和雄の1975年の映画「祭りの準備」は、四国のある寒村を舞台にしたある種の青春物語である。二十歳くらいの青年を中心にして、そのまわりに暮らす人々の生き方を描いたものだが、映画に出て来る人々はみな貧困ながらも、それぞれ自分らしい生き方をしている。そんななかで、脚本家をめざす主人公の青年も、色々な試行錯誤を経て、自分の夢の実現に向かって羽ばたいていくというもので、いささかゆるい筋書きだが、俳優たちの演技がなかなか見せるものなので、映画としては一応締まった出来になっている。

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黒木和雄はドキュメンタリー映画作家として出発し、劇映画に転じてからは前衛的な作風で独自の存在感を示していたが、1974年の作品「竜馬暗殺」は商業映画作家としての出世作となったものだ。坂本龍馬の暗殺をテーマにしたこの映画は、黒木のかなり思い切った脚色で、維新史の解釈に一石を投じる形となった。

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2012年の映画「ライク・サムワン・イン・ラヴ」は、イラン人のアッバス・キアロスタミが日本にやってきて、日本の金で、日本人スタッフと協力して、日本人俳優を使って、無論日本語で、日本人向けに作った映画である。だからイラン映画とは言わずに、日本映画といってよいはずなのだが、どうもそういうのがはばかられる作品だ。というのも、この映画は、普通の日本映画とは違って、日本らしさを感じさせないからだ。では何らしさを感じさせるかというと、そのらしさがなかなか思い当たらない。不思議な感じの映画である。

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