映画を語る

となりのトトロ:宮崎駿

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宮崎駿の初期の劇場用アニメ映画は、人間同士が愚かな戦いをするところをテーマにしていたが、四作目の「となりのトトロ」に至ってはじめて、戦いとは縁のない牧歌的な人間関係(人間・怪物関係を含めて)を描いた。宮崎作品にはもともとこうした牧歌的な要素が強かったのだが、そしてテレビ用のアニメ作品には牧歌的な作品が多かったのだが、劇場上の作品では、そうした要素はあまり受けないと考えて好戦的な雰囲気の作品を作り続けていたのだと思う。だからこの「となりのトトロ」は、宮崎にとっては冒険だったにちがいなく、それでもこれを作り出したのは、一定の自信の現れだったように思う。

天空の城ラピュタ:宮崎駿

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1986年公開のアニメ映画「天空の城ラピュタ」は、スタジオ・ジブリとしての最初の劇場映画である。題名のラピュタからは、スウィフトの小説「ガリヴァー旅行記」の一章が想起されるが、名称を借りただけで、内容的には何のつながりもない。筋書きは、宮崎駿の純粋のオリジナルである。

風の谷のナウシカ:宮崎駿

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「風の谷のナウシカ」は、宮崎駿の劇場用アニメ映画の第二作で、1984年に公開された。この公開に前後して、原作となる漫画が1982年以来雑誌に連載されているが、原作とアニメ映画にはいくらかの相違があるという。原作は10年以上にわたって連載されており、かなり遠大なストーリーになっているようだが、映画のほうはストーリーをコンパクトにまとめて、その分わかりやすく、またメッセージ性の強い作品になっている。

ルパン三世カリオストロの城:宮崎駿

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「ルパン三世」は、漫画とテレビで大きな流行を起こした作品で、筆者も昔テレビでよく見たことがある。いまだに放映されているというから、その人気の息の長さがわかる。宮崎駿は、この作品のテレビ制作の初期に携わったほか、劇場用映画も手がけた。「ルパン三世カリオストロの城」がそれで、この作品は宮崎にとって最初の劇場用映画となった。

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ハスチョローは、中国の映画監督だが、名前からして漢民族の出身ではない。モンゴル系らしい。その人が、中国人のもっとも中国人らしい生活ぶりを描いたのが「胡同の理髪師」だ。この映画は2006年に公開されたが、映画の舞台となったのは、2008年北京オリンピックを目前に控え、急速に再開発が進む北京の町だ。北京の町と言えば、胡同と呼ばれる中国風の長屋での暮らしが知られているが、この映画はその胡同を舞台にしている。

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張芸謀の1999年公開の映画「あの子を探して(一個都不能少)」は、現代中国の農村部での学校教育の現状をテーマにしたものだ。時代設定は明示されていないが、同時代の中国と考えてよい。1999年の中国と言えば、わずか20年にもならない最近のことだが、ここ数年間の中国の爆発的な経済成長からすれば、かなりな過去のように見える。この間都市部は発展の恩恵を受けつつあったようだが、農村部は半世紀前と変わらない状況だったのではないか。この映画を見ると、はるか昔の貧しい時代の中国を見せられているような気になる。

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張芸謀の1995年の映画「上海ルージュ(揺啊揺, 揺到外婆橋)」は、中国のやくざ社会を子どもの視点から描いたものだ。映画の中では、時代区分は明示されていないが、原作小説(門規)では1930年代と設定されている。その時代なら、中国でもやくざ社会がまだ活発に動いていたのだと思う。まして舞台となった上海は、中国のやくざたちが大規模な闇社会を形成していたのだろう。

活きる(活着):張芸謀

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張芸謀の1994年の映画「活きる(活着)」は、中国現代史を庶民の目線から描いた作品だ。1940年代から70年代ころまでの、中国の民衆の生活を描いている。この時代は、対日戦争に始まり、国共内戦と共産党の勝利、60年代の文化大革命がそれぞれ歴史上の節目になっている。このうち対日戦争は全く触れられず、国共内戦も微視的に描かれ、文化大革命は否定的に描かれている。といっても、共産党政治への強い批判は見られない。50年代の大躍進時代は、共産党の政策のおかげで庶民が明日に希望を持てるようになったと主人公たちに言わせているし、文化大革命は、共産党の蛮行というより、避けがたい災厄のように描かれている。

紅夢(大紅灯篭高高掛):張芸謀

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張芸謀は、中国映画第五世代の旗手として、中国映画を世界的なレベルに引き上げた功労者と言われる。「紅夢(原題"大紅灯篭高高掛")」は、1991年に公開され、彼の初期の代表作である。とはいっても、伝統的な意味の映画とはだいぶ異なっている。普通の映画らしい映画ではない。中国風バレエをスクリーン向けに編集しなおしたようなものだ。見ていても、バレエの舞台をそのままカメラに収めたといった体裁だ。バレエだから、音楽と踊りだけで、台詞はない。台詞がないから、物語性が希薄だ。観客は中国風にアレンジされたバレエ音楽に乗って繰り出される踊りの演技を披露されるわけである。

さらば、わが愛/覇王別姫:陳凱歌

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「さらば、わが愛/覇王別姫」は、京劇の世界という、中国人にとっても特殊な世界を描いていると思うのだが、我々日本人から見ると、これも中国人の中国人らしい面をよく表現しているように映る。日本でいえば、歌舞伎役者とか伝統芸人の世界を描いているようなものだ。一般人の社会とはおのずから異なってはいるが、それでも日本人的な心情が集約してあらわれている、だからこれも日本文化の一つの側面を表現しているように見える。それと同じようなものだ。

陽炎座:鈴木清順

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「陽炎座」は、「ツィゴイネルワイゼン」同様怪談仕立ての映画である。薄気味悪さという点では「ツィゴイネルワイゼン」以上と言えよう。というのも、この映画では生きている女が幽霊のような真似をし、死んだはずの女が生きているように振る舞うからだ。この二人の女に、松田優作演じるところの新派作家が翻弄される、という筋書きである。

ツィゴイネルワイゼン:鈴木清順

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1968年に日活をクビになった鈴木清順は、その後長い間浪人生活を強いられ、映画作りもままならない時期が続いたが、1980年に「ツィゴイネルワイゼン」で劇的な復活をとげた。この映画で一躍世界的な名監督の仲間入りを果たしたのである。

殺しの烙印:鈴木清順

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鈴木清順の1967年の映画「殺しの烙印」は、鈴木が日活をクビになった原因となったものだ。60年代の日活といえば、アクション路線で稼いでいたわけで、鈴木のこの作品はある意味究極的なアクション映画なのだが、だから日活路線に沿った作品のはずなのだが、何故か日活の社長を激怒させ、鈴木は一方的に解雇されたのだった。鈴木を応援するものは、一部の熱狂的鈴木ファンをはじめ多くいたようだが、彼らの応援は実を結ばず、以後鈴木は十年間にわたり、本格的な映画作りからはずれることになった。

けんかえれじい:鈴木清順

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「けんかえれじい」は、旧制中学校を舞台にしたバンカラ青春劇である。旧制中学校は、漱石の「坊ちゃん」で描かれたようなバンカラで喧嘩っぽい雰囲気があるというイメージが形成されていたらしく、この映画はそうしたイメージに乗じて、思春期の若者の生態を大らかに賛美したものである。

東京流れ者:鈴木清順

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鈴木清順は1960年代に活躍した映画作家で、その破天荒と言われる映像は多くの熱狂的なファンを集め、いまでも日本の映画史を飾る名監督と言われている。そんなわけで、映画を論じようとする者には、必見の作家だと言えよう。筆者もそんな問題関心から彼の映画に接した次第だ。

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サム・ペキンパーは、「ゲッタウェイ」ではひたすら逃げ回る男を描いた。「ガルシアの首(Bring me the head of Alfred Garcia)」は逆に、ひたすら追い求める男を描く。方向は逆向きではあるが、あることをひたすら追求する点では共通している。ペキンパーは、人間が何ごとかに夢中になっている姿に、魅せられているように見える。

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「ゲッタウェイ(The Getaway)」は、アクション映画の巨匠サム・ペキンパーの代表作だ。アクション・スターとして一世を風靡したスティーヴ・マックィーンをフィーチャーして、思う存分暴れさせている。とにかくすごい。また面白い。一見して気分爽快になることは太鼓判を押せる。

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サム・ペキンパーは、最後の西部劇の大家である。60年代にはテレビの西部劇ドラマで人気を博した。「ガンスモーク」とか「ライフルマン」といった番組は日本にも輸入され、筆者も熱心なファンの一人だったものだ。彼の作風は、なんといっても暴力を荒々しく描くことだ。世の中(とくに開拓時代のアメリカ西部)には、いわゆる正義などといったものは存在しない。存在するのは力だけだ。その力のぶつかりあいが人間社会の本質なのであって、力の強いものが、正義を僭称する。そういうニヒリスティックな視点が、彼のあらゆる作品を貫いているといってよい。

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ミケランジェロ・アントニオーニの1970年の映画「砂丘(Zabriskie Point)」は、ハリウッドで作られた。主な舞台はカリフォルニアの砂漠であり、テーマは1960年代のアメリカ文化に対する複雑な反応であるといえる。というのもこの映画には、当時のアメリカ社会への意義申し立て、それは一言でいえば反体制とヒッピー文化といってもよいが、それを描きながらも、別段それに同情的であるわけでもなく、そういうアンチ文化を体現している主人公たちは、亡びるべき存在として描かれているからだ。

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ミケランジェロ・アントニオーニの1967年の映画「欲望(Blow Up)」は、いわゆる愛の不毛三部作に続いて作られた。愛の不毛三部作でアントニオーニが描いたのは、男女の不条理な関係についてだったが、この「欲望」からは、およそ人間が生きていることの不条理のようなものを描きたい、というアントニオーニの意思が伝わってくる。意思が伝わってくる、というのは、かならずしもそれが理解可能ということを意味しないということだ。

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