映画を語る

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花筐というと、世阿弥の能を想起するが、大林宣彦の2017年の映画「花筐」は、筋書きの上では殆ど関係はない。「殆ど」というのは、映画の一部で、花筐らしい仕舞の一部が披露されるからだ。筋書きの上では、檀一雄の短編小説集に取材しているらしい。こちらは、筆写は未読なので、どこまで原作を生かしているのかは、判断できない。

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「野のなななのか」というタイトルを見た時、何を意味しているのか見当がつかなかった。「なななのか」という劇をもとにしていると聞いて合点がいった。「なななのか」とは、なのかをななつ、つまり四十九日という意味なのだと。その意味するとおり、大林宜彦のこの映画は、ある人生の終わりと、それを受け止める人々の鎮魂の気持をテーマにしている。そしてそれをメーンテーマにしながら、日本の近代史の一コマを描いているのだが、その描き方には多分にアンゲロプロスの作風に通じるものを感じさせる。アンゲロプロスがギリシャの近代史を描いたような感覚で、日本の近代史を描いていると指摘できると思う。

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大林宣彦は1980年代に尾道を舞台にした映画シリーズ、いわゆる尾道三部作をとった後、1991年にやはり尾道を舞台にした映画「ふたり」をつくった。後に尾道を舞台にした作品を二つ作り、新尾道三部作と銘打った。大林は尾道出身ということもあるが、尾道の町は絵になる風景が広がっているので、繰り返し映画化するだけの動機を与えてくれるということだろう。

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本多猪四郎の戦争映画「太平洋の鷲」は、山本五十六の軍人としての半生を描いたものだ。1953年に公開されたところに、歴史的な意義がある。戦後日本映画界は、米占領政権の検閲方針のもとで、チャンバラ映画や戦争映画の公開を禁止されていた。日本側の立場から日本の戦勝を描くことは固く禁じられていたし、ましてや軍人を讃美するような映画はご法度だった。それが1952年の講和・独立を契機に、解禁となった。この映画はそうした時流に乗って、日本の「偉大な」軍人山本五十六を、正面から取りあげたのである。山本五十六といえば、真珠湾攻撃を成功させた偉大な軍人であり、日本人にとっては、東郷平八郎と並ぶ軍神のような存在だった。戦後敗戦への反省が深まるなかで、無能な軍人ばかりいたおかげで日本は負けたのだというような言説もあったが、そういう中で山本五十六は、唯一といってよいほど、全国民から敬慕される軍人となったのである。

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篠田正弘の映画「少年時代」は、井上陽水の同名の主題歌のほうが有名になったが、映画のほうも悪くはない。原作は藤子不二雄(A)の同名の漫画で、大戦末期に疎開した子供の体験を描いている。その体験は、転校生としていじめにあったとか、仲のよい友達ができたとか、子ども同士の勢力争いに巻き込まれたとか、よくある話ばかりで新味はないが、なんとなく観客をいい気持にさせる魅力がある。

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成瀬巳喜男の1953年の映画「あにいもうと」は、室生犀星の同名の短編小説を映画化したものだが、すでに戦前の1936年に木村壮十四が映画化していた。わずか20年足らずでの再映画化というのは、このテーマが当時の日本人に受けていたということだろう。それにしては、登場人物たちの考え方がかなり古風なので、今見ると時代の流れを強く感じさせられる。

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1993年公開の映画「まあだだよ」は、内田百閒の晩年を描いた作品である。内田百閒といえば、漱石門下の文人で、戦時中には文学報国会への入会を拒絶するなど、気迫ある男として知られていた。その百閒の生き方に黒澤は共感したのだろう。この映画の百閒の描き方には、人間としての強い共感が込められている。

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黒沢明の1991年の映画「八月の狂詩曲」は、長崎の原爆災害が一応のモチーフのようなので、狂詩曲というよりはレクイエム(鎮魂曲)といったほうがふさわしいかもしれない。実際この映画の中では、家族を原爆で失った老婆たちが、般若心経を読む場面が度々流される。土地柄、讃美歌を歌わせてもよいところかもしれない。

夢:黒沢明

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黒沢明の1990年の映画「夢」は、日米合作ということになっているが、それは資金の上のことで、中身は純粋な日本映画である。日本ではなかなか映画作りをできなくなった晩年の黒澤に、ハリウッドのワーナーが資金援助して、黒澤の好きなように映画を作らせてやったということらしい。

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デレク・ジャーマンがAIDSで死んだのは1994年2月だが、その前年に最後の作品「BLUE」を作った。一応映画ということになっているが、普通の意味での映画ではない。映画とは、活動写真から始まった歴史が示すとおり、映像が不可欠の要素と考えられて来た。ところがこの作品には、一切の映像がない。あるのは、ブルー一色に染まった画面だけだ。その画面の背後から、あるいは手前から、男のつぶやきが聞こえて来る。そのつぶやきとは、おそらくジャーマンその人の声なのだろう。

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ウィトゲンシュタインは、20世紀を代表する哲学者の一人であり、多くの哲学者がそうだったように、同性愛者であった。それをやはり同性愛者であるデレク・ジャーマンが取り上げて、その半生を映画化したのが、1993年の作品「ウィトゲンシュタイン」である。

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エドワード二世は、イギリスの歴史上最も劣悪な王といわれる。その理由は、優柔不断で指導力がなかったこと、同性愛に耽溺し、愛人を不当に優遇して人心の離反を招いたことだ。その挙句、天涯孤立の境遇に陥り、ついには妃であるイザベルに殺されてしまった。そんなエドワード二世の半生を、シェイクスピアのほぼ同時代人で、これも破天荒なスキャンダルをまき散らしたことで有名なクリストファー・マーロウが劇に仕立てた。それをデレク・ジャーマンが映画化したのがこの作品だ。ジャーマンのことであるから、エドワード二世の言動のうち、同性愛の部分に関心が集中しているきらいがあるが、これはマーロウの原作もそうなのであるか、原作を読んでいない小生には判断できない。一応原作を無視して映画に光を当ててみたい。

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デレク・ジャーマンの1990年の映画「ザ・ガーデン(The Garden)」は、同性愛者(男色者)の受難をテーマにした作品だ。この映画が描く受難には二通りある。一つは肉体の受難、もう一つは精神の受難だ。肉体の受難は拷問による死によって、精神の受難は嘲笑によって表現される。

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デレク・ジャーマンの1988年の映画「ウォー・レクイエム」は、ベンジャミン・ブリテンの合唱曲「死者のためのミサ曲」を映画化したものだ。合唱曲の映画化だからミュージカル仕立てになっている。その合唱曲は、戦争詩人として知られるウィルフレッド・オーウェンの詩集を主な材料とし、それにある教会のミサ曲を加えるという形になっている。そのオーウェン詩集の冒頭を飾る「奇妙な出会い」は、イギリス兵とドイツ兵との奇妙な出会いを歌ったものだが、そこにはある物語が含まれていた。その物語をこの映画は、一応メーン・プロットにして、拡散しがちな映像に一定の秩序をもたらしている。その物語というのは、イギリス兵が洞窟の中で出会ったドイツ兵を、かつて自分が殺していたというものだった。そのドイツ兵は、イギリス兵に向って、わたしはお前が殺した敵兵だと言う。それを聞いたイギリス兵は、相手を殺さざるをえなかった自分の境遇を、戦争が強要したことに深い怒りを覚えるというものである。

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「ラスト・オブ・イングランド」は、イギリスの終末という意味だ。終末であるから、イギリスという国の滅亡を意味しているわけだ。世界ではなく、イギリスが滅亡するというのはどういうことか。そこには、デレク・ジャーマンの個人的な事情がひそんでいるようである。ジャーマンは、前作「カラヴァッジオ」の制作を終えた頃、HIVの陽性が判明した。同棲愛者のジャーマンにとっては、宿命的な成り行きだった。ジャーマンは死を強く意識したのだろう。その死の意識がこの映画には反映しているのではないか。ジャーマンにとって、自分が死んだ後も、イギリスが存在し続けることは、ありえなかったのだ。なにしろイギリスは、マクベスを生んだ国だ。そのマクベスは、自分が死んだ後も世界が存在し続けることは絶えられないことだと叫んだのである。ジャーマンにとっては、世界ではなく、とりあえずイギリスが問題だった。そこでイギリスは、自分の死と運命を共にすべきものと考えたのだろう。

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カラヴァッジオは、イタリア・ルネサンス最後の巨人であり、またバロック芸術の先駆者といわれる。その陰影に富んだリアルな画風は、近代絵画のさきがけというにふさわしい。そんなカラヴァッジオだが、私生活はスキャンダルに満ちていた。いかがわしい連中と町を練り歩いてはスキャンダルを引き起こし、その挙句に殺人まで犯して、38歳の若さで死んだ。

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デレク・ジャーマンの1979年の映画「テンペスト」は、シェイクスピア晩年の有名な戯曲を映画化したものだ。筋書きとしては原作にかなり忠実であり、台詞も原作どおりだ。したがって非常にリズミカルに聞こえる。その一方で、ジャーマンらしい演出もある。登場人物がやたらに裸体になることやら、画面が陰惨なブルーに覆われていることなどだ。その陰惨な画面は、室内の人工的な灯りしかないケースにはそれらしく受け取れるが、屋外の光があふれているべき場面でも、同じように陰惨なブルーが支配している。というわけで、この陰惨なブルーは、デレク・ジャーマンのこだわりの色なのだろうと推測したりもする。

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デレク・ジャーマンは、いまではイギリス映画を代表する監督の一人に数えられている。みずから同性愛者であることを公表し、エイズにかかって52歳で死んだ。かれの作品には、同性愛を謳歌するようなところがあり、そのため男色映画というレッテルを貼られることもあった。

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殿山泰司は味のある脇役として日本映画には欠くことができない存在だった。新藤兼人の映画にも、新藤の監督デビュー作「愛妻物語」を手始めに、数多く出演している。この二人は、単なる監督と俳優という間柄を超えて、共通の目的を追求するいわば戦友のような関係だったようだ。だから殿山が死んだ後、新藤は「三文役者の死」という本を書いて、殿山の霊を慰めた。また、その本をもとに殿山の映画人としての半生を描いた。三文役者というが、なにも茶化した言い方ではない。殿山自身が自分を称してそう言っていたのを、殿山の人柄をよく物語るものとして、新藤が採用したということだ。

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新藤兼人の1999年の映画「生きたい」は、姨捨山伝説にからませながら、現代人が直面している老人問題を、新藤らしくユーモラスに描いたものだ。姨捨伝説は、役立たずになった老人を、口減らしのために捨てることをテーマにしていたが、同じような問題は現代にもある。と言うか、現代は寿命が延びて長生きするようになった部分、役立たずの老人が多く生み出されている。そういう老人を、現代人は老人ホームに収容しているが、これは形をかえた、体裁のいい姨捨ではないのか。この映画には、そんな問題意識が込められているようである。

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