映画を語る

女の中にいる他人:成瀬巳喜男

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「女の中にいる他人」は、成瀬の作品としてはかなり変ったものだ。成瀬といえば女の生き方に拘った映画を作り続け、とくに戦後にはその傾向が強まったのだが、この作品で描かれているのは女の生き方とはいえない。むしろ男の、それもかなり軟弱な男の生き方である。女はそんな男を見守り、時には男の気持を引き立てるための脇役のような位置づけをされている。それまでの成瀬映画とは、全く違った雰囲気の作品だ。

芝居道:成瀬巳喜男

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成瀬巳喜男の1944年の映画「芝居道」は、長谷川一夫と山田五十鈴をフィーチャーした芸能物という点で「鶴八鶴次郎」と似ているが、筋書きは溝口の「残菊物語」に近い。どちらも、男の出世のために女が犠牲になる話だ。ただ、「残菊物語」は女が不幸な結末を迎えるのに対して、「芝居道」ではハッピーエンドでめでたしとなるところが違っている。

秀子の車掌さん:成瀬巳喜男

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「秀子の車掌さん」は、当時人気が盛り上がっていた十六歳の少女スター高峰秀子をフィーチャーした作品だ。いまならアイドル映画といったところだろう。それを成瀬巳喜男が監督した。女の生き方に拘った映画を作ってきた成瀬が、コメディタッチの少女映画を作ったわけだが、このときに成瀬は高峰が気に入ったのか、戦後大人になった高峰を起用して、日本映画の歴史を飾る一連の傑作を作った。成瀬と高峰のコンビは、小津と原節子、溝口と田中絹代のコンビと並んで、日本映画にとっては幸福な組み合わせだったといえよう。

はたらく一家:成瀬巳喜男

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成瀬巳喜男の1939年の映画「はたらく一家」は、成瀬の作品系列の中では異色の作品である。女を描くことに拘ってきた成瀬がこの映画の中で描いたのは、女ではなく、「はたらく一家」つまり労働者の家族の生活ぶりである。この映画が公開された頃の日本は、労働者世帯の生活は苦しく、その意味では社会的弱者の立場にあるといえなくもなかったので、同じく社会的弱者である女の立場に通じるものがないとはいえなかったが、やはり女とはたらく一家では、かなり色彩を異にするというべきだろう。

鶴八鶴次郎:成瀬巳喜男

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女の立場に立って男女の絡み合いの理不尽さを描き続けた成瀬の作品としては、「鶴八鶴次郎」は一風変った作品だ。例によって男が愚かなことはいいとして、女のほうもそれにおとらず愚かだということになっている。互いに好いた間柄にかかわらず、つまらぬ意地を張り合ったために、結ばれることができない。そんなもどかしさをこの映画は描いているのだが、彼らがつまらぬ意地を張り合うのは、彼らが因習的な芸能の世界に生きているからだ、そんなメッセージも伝わってきたりして、成瀬の映画としては、ひとひねりを感じさせる。

妻よ薔薇のやうに:成瀬巳喜男

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「妻よ薔薇のやうに」(1935)は、成瀬巳喜男の戦前の代表作である。女を描くことを生涯のテーマとした成瀬は、この映画のなかでは妾を取り上げている。妾は、いまでこそ不道徳なものとして、妾をつくる男も、男の妾になる女も、白い目で見られるようになったが、戦後しばらくの間は妾を蓄える男たちはまだ沢山いたし、戦前では、妾を蓄えることは男の甲斐性などと言われて、かえってうらやむべきことのように受け取られていた。そんな戦前の時代の妾の位置のようなものについて取り上げたのが、成瀬のこの映画だった。

夜ごとの夢:成瀬巳喜男

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「夜ごとの夢」は、「君と別れて」とともに成瀬巳喜男のサイレント映画の代表作だ。「君と別れて」は、芸者をしながら女手ひとりで息子を育てる母親と、ぐうたらな父親を持ったおかげで家族の犠牲になる若い女を、哀愁をこめて描いたが、この作品は、生活力のない男のために苦労させられる女を描く。終生女の生き方に拘った成瀬としては、ひとつの典型というべきものだ。

君と別れて:成瀬巳喜男

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成瀬巳喜男は戦後の活躍が目覚しいので、戦後の作家だという印象を持たれているが、サイレント時代から映画作りをはじめ、戦前に一定の境地を確立していた。1935年の「妻よ薔薇のように」が戦前の頂点とすれば、1933年の「君と別れて」はサイレント映画の代表と言える。戦争体制が本格化し、戦意高揚映画が国策として作られるようになると、成瀬は停滞期に入り、戦中・戦後にかけてB級映画ばかり作った。その彼が映画作家として立ち直ったのは、1951年の「めし」をきっかけにしてのことである。それ以後は死ぬまで、良質な作品を作り続けた。

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「現金に手を出すな(Touchez pas au grisbi)」は、初老のジャン・ギャバンをフィーチャーしたギャング映画である。もしギャバンが出ていなかったら、ただのB級映画だったろう。ギャング映画にしては迫力に欠けるし、筋の展開も冗漫だ。ギャバンが出ていることで、ピリッとしまり、見るに耐える映画になっている。こういう俳優は実に奇特なものだ。日本でもかつては片岡千恵蔵のような名優がいて、それが出ているだけで、どんな映画でも見せる映画になったものだ。

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クロード・シャブロルは、ヌーヴェル・ヴァーグ運動に意欲的にかかわった一人で、ジャン・リュック・ゴダールやフランソワ・トリュフォーとは協力関係にあった。非常に多作な作家だったが、1959年の作品「いとこ同志(Les cousins)」が彼の代表作である。

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ロジェ・ヴァディムの1956年の映画「素敵な悪女」の原題は、Et Dieu créa la femme(そして神は女を作られた)である。これが聖書の創世記の記述を意識したものであることは明確である。創世記は、女の誕生を人類の原罪の直接の原因としているが、それほど女というものは、キリスト教徒にとっては、罪深いものなのである。この映画はそうした女のどうしようもない罪深さと、それに翻弄される男たちの愚かさを描いたものである。

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気狂いピエロ(Pierrot Le Fou)というのは、ジャン・ポール・ベルモンド演じる主人公フェルディナンのあだ名だ。このあだ名をつけたのは彼の古い恋人マリアンヌ(アンナ・カリーナ)。彼は友人のパーティで偶然この女と五年ぶりに再会し、二人で駆け落ちする。フェルディナンは妻子を捨て、マリアンヌは愛人のフランクを捨て。とりあえず目指したのは南仏だが、別にあてがあるわけではない。彼らはただ退屈しのぎができればよいのだ。この映画は、そんな男女の退屈しのぎの様子を描く。彼らは人生が小説のようであったらよいのに、と考えている。人生の意義とは退屈をしのぐことにあると思っているからだ。

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ジャン=リュック・ゴダールはヌーヴェル・ヴァーグの旗手として現代フランスを痛烈に批判する映画を多く作ったが、たまには伝統的なテーマを取り上げることもあった。「軽蔑(Le Mépris)」はその一例だ。この映画でゴダールは、フランス女の尻軽という伝統的なテーマに挑んだのだったが、彼が出した結論は、フランス女を尻軽にするのは男に原因があるという、いささか陳腐なものであった。

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ジャン・リュック・ゴダールの1959年の映画「勝手にしやがれ(À bout de souffle)」は、フランソア・トリュフォーの同年の映画「大人は判ってくれない」とともに、ヌーヴェル・ヴァーグの嚆矢とされる作品である。トリュフォーのほか、クロード・シャブロールも製作にかかわっているこの映画は、ヌーヴェル・ヴァーグの特徴をもっとも明瞭に発揮したものとして、記念碑的な作品だとの評価が定着している。

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フランソワ・トリュフォーの映画「突然炎の如く(Jules et Jim)」は、例によってフランス人が好きな性的放縦をテーマにした作品だ。原題にあるとおり、ジュールとジムという二人の若者の奇妙な友情を縦糸にして、それにカトリーヌという尻軽女とのセックスを横糸にして、人間の幸福とは何か、について追求したものである。無論フランス人にとって、人間の幸福とは性的な快楽以外の何ものでもないから、この映画の中で展開されるのは、性的快楽の諸相、とりわけ女の性的放縦である。

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フランソア・トリュフォーの1960年の映画「ピアニストを撃て(Tirez sur le pianist)」は、トリュフォーの名を知らない今日の観客が見れば、凡庸なB級映画にしか見えないだろう。筋書きは三文小説のように退屈だし、映像が大胆な美を演出しているわけでもない。ただひとつこの映画には歴史上の価値がある。それはシャルル・アズナヴール演じる主人公のピアニストが娼婦とベッドにもぐるシーンで、娼婦の巨大な乳房が映し出されるところだ。それまでの映画では、女性の乳房をアップで映し出したものはなかったので、これは当時の観客を大いに驚かせたに違いない。しかし、いまでは女性の乳房をアップで映すのはごく普通のことになっており、この映画のシーンが取り立ててショッキングに映るということはない。

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フランソワ・トリュフォーの1959年の映画「大人は判ってくれない(Les Quatre Cents Coups)」は、ヌーヴェル・ヴァーグ運動の魁となった作品である。そこでヌーヴェル・ヴァーグ運動とはなにか、ということが問題になるが、厳密な定義はないようである。何となく時代の雰囲気をあらわした漠然とした言葉だが、強いて言えば、社会への批判意識が強いということだろうか。フランスは文明国でも最も洗練された社会と言われているが、それは裏を返せば欺瞞的な社会ということでもある。欺瞞は文明に比例するからだ。そこでその欺瞞をあばき、文明のゆがんだ側面を批判するところが、ヌーヴェル・ヴァーグ運動の共通の持ち味となった。そんなふうに言えるのではないか。

しとやかな獣:川島雄三

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川島雄三には露悪的なところがあるが、1962年の映画「しとやかな獣」はその露悪趣味がもっとも露骨に表れたものだ。この時代はクレージーキャッツの大流行に象徴されるような軽佻浮薄の時代であって、世の中は伝統とか道徳とかいうものとは無縁な様相を呈していた。そういう時代に川島はすっかり不道徳な感情に染まってしまった日本人を覚めた目で描き出した。あたかも同時代のフランスでは、スペイン人のルイス・ブニュエルがフランス人の不道徳振りをコメディタッチで描き出していたが、川島は日本人として同じ日本人の不道徳振りを笑い飛ばしたわけである。

雁の寺:川島雄三

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川島雄三の1962年の映画「雁の寺」は僧侶たちの堕落を描いたものである。筆者が子どもの頃は、親戚中の菩提寺が禅寺だったこともあり、坊さんというものは謹厳実直で、妻帯しないのは無論、仙人のように清らかな生活を送っているものと考えていた。それは言い換えれば退屈な生活ということになるが、世の中には毎日退屈な生活が続いても一向に気にならない奇特な人もいるのだと、子どもながら感心したものだった。その後、宗派によっては妻帯を認めるところもあり、真宗などは毛坊主と言って、頭に毛の生えた坊さんが俗人とほとんど違わない生活を送っているさまを見もしたが、それはかなり成長した後のことで、幼い子どもの頃は、坊さんと言えば欲望とは無縁な尊い人たちだと思い込んでいたものである。ところが、この映画では、坊さんといえども欲望の点では俗人と変らず、かえって他にすることがない分、放蕩三昧に耽っている羨ましい境遇の人たちなのだと暴露したのである。そんなこともあってこの映画は、日本の仏教界から大きな反発を受けた。

女は二度生れる:川島雄三

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赤線地帯や遊郭を好んで描いた川島雄三が、「女は二度生れる」では、泥水稼業の女の生き方に焦点を当てた。時代設定は明示されていないが、公開された1961年のあたりだと思わせる。売春防止法が施行されたあとで、売春斡旋が犯罪になったという認識が、映画の登場人物(料理屋の女将など)の口から発せられるところからそうわかる。そうした売春禁止の時代背景のなかで、一人の不見転芸者の生き方を描く。不見転芸者とは誰とでも寝る芸者という意味だが、そんな芸者が売春防止法の施行後も当分のあいだ生き残っていた、そんな歴史的事実を気付かせてくれる映画である。

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