日本の政治と社会

プーチンがロシアから鳴り物入りでやってきて、安倍晋三総理の地元長州で会談した。これを日本のメディアはこぞって、「率直に議論」したと紹介しているが、何を「率直に議論」したか、その中身は伝わってこない。要するに、国民にわざわざ伝えるほどのことが無かったのだろう、そう思うのは筆者のみではあるまい。

最近欧米のメディアでは"Post-Truth"という言葉がよく目につく。オックスフォード辞典はこの言葉を、今年の流行語に選んだそうだ。意味は、「真実がものを言わなくなった」事態といったようなことらしい。真実を意図的に無視して、あったことをなかったように言い、なかったことをあったように言えば、それはウソになるが、政治の世界ではかならずしもそうではない。政治の世界では、うそも方便なのであって、人々を納得させるうそは、人々をげんなりさせる真実よりも貴い、そういったとらえ方がまかり通っている。そんな事態が例外ではなくなって、恒常化した世界をさして"Post-Truth(脱真実)"社会と言うようになったらしい。

このところ政府与党が数の力に驕って強行採決を繰り返しているが、今度はカジノ解禁法案を採決する動きがあると報道された。日本のメディアは例によって扇情的な書き方に終始し、法案の具体的内容や、それの及ぼす影響について、冷静な分析をしていない。誰がカジノの胴元をやるのか、日本人にも開放するのか、売り上げへの課税はどうするのか、こういう基礎的な情報が伝わってこない。これでは国民は、この問題をどう受け止めたらよいのか、判断がつくまい。

安倍首相のトランプ表敬訪問の様子が少しづつ伝わってきた。トランプタワーのトランプ私邸で行われたこの訪問では、訪問者の安倍総理が通訳の他は誰も同席させなかったのに対して、トランプの方は、娘のイヴァンカとその夫のジャレド・クシュナー及び安全保障アドヴァイザーに就任予定のマイケル・フリンを同席させたそうだ。イヴァンカはともかく他の二人は、トランプ政権のタカ派を代表すると見られている。その連中を前に、安倍総理は品定めをされた格好だ。

無覚先生:2016年米大統領選挙の結果、ドナルド・トランプが勝利しました。私自身はありえないことではないと思っていましたので、あまり驚きませんが、世界中のマスコミが大騒ぎをし、それにつられる形で株相場が大変動するなど、大変なショックが世間を襲っているようです。この事態を壺齋さんはどう見ますか。壺齋さんはブログの中でトランプ批判を展開していましたので、トランプの勝利はやはりショックだったんじゃないですか。

新潟県知事選挙で、原発の強引な再稼働に反対の姿勢を示している米山氏が当選した。民進党が立候補を見送り、自民党候補との直接対決に直面した氏を支えたのは、共産・社民・自由の弱小政党だったが、氏の勝利はそうした政党間の対立を超えて、県民の広い支持に支えられたものだったといってよい。これで、原発の再稼働に異議申し立てをする知事が、鹿児島県に続いて二人目になったわけだ。新潟の場合には、巨大な柏崎刈羽原発を抱えているだけに、その政治的な影響は大きい。

安倍政権が、高速増殖原型炉もんじゅの廃炉に向けて動きだしたようだ。もんじゅは1994年の初臨界以来一度もまともに機能したことがなく、今後も機能する見込みがない。原子力規制委員会が、運転の条件としている責任体制の整備についても見通しが立っていない。そんななかでこれ以上もんじゅを存続させることは、国民の理解が得られないと判断したようだ。

読売のウェブサイトの記事(9月17日発)によれば、過去20年間で夫の実父から精子の提供を受けた夫婦114組から、対外受精で173人の子どもが誕生していたそうだ。これらの子どもたちは、法的には夫の子とみなされるのだと思うが、生物学的にはそうではないわけで、まして道徳的にどう受け取るべきかは別の問題だ。

蓮舫民主党総裁が野田元総理大臣を党の幹事長に指名した。野田元総理といえば、その後の民主党の没落と、民進党の停滞ぶりの最大の貢献者だ。民進党内では「戦犯」と呼ぶ向きもある。そういう人物が自分の過去の失敗をほとんど反省しないまま、またぞろ顔を出したと言うので、民進党内には不協和音も流れているそうだ。

民進党の代表選で蓮舫氏が勝利し、民進党として初めて選ばれた女性党首となった。蓮舫氏といえば、民主党時代の事業仕訳で、スーパーコンピュータの国際開発競争をめぐり、何故一位ではなく二位ではだめなのか、二位でもよいではないか、と主張して大方の失笑を買ったことは多くの人の記憶に残っているだろう。事業仕訳の場以外でもこの主張をしているようだから、よほどナンバーツーが好きなのだろう。だが政党の党首ともなれば、ナンバーツーに甘んじてはいられないはずだ。かりにも政党として政権を目指すのなら、ナンバーワンにならねばならぬ道理だ。

ケニアのナイロビで開かれた「アフリカ会議(TICAD)」に、安部晋三総理大臣が赴いていって、アフリカにおける日本の存在感をアピールした。それを聞いて見ると、「中国と仲良くするより日本と仲良くしましょう」というかなり政治的なメッセージが伝わってくる。アフリカの指導者たちも、この露骨なメッセージに接して、多少面喰ったのではないか。どうも日本の指導者は、我々を前にことさら日中対立に言及し、我々を日本の味方に引き入れようとしている、それがいいことなのかどうか、ここはちょっと慎重にならねばなるまい、そんなふうに受け取られたのではないか。

これを謀反というべきか、反乱というべきか、迷うところだが、やはり反乱というべきだろう。謀反では、明智光秀が思い浮かんでくるように、無謀な反逆というイメージが強いのに対して、反乱には正義の戦いというイメージがある。これはやはり、正義の匂いがするので、反乱という言葉がふさわしい。筆者が何を言っているかというと、それは川内原発の停止を正式に求めた鹿児島県の三反園知事の行為のことだ。

福島の汚染水対策として今年の春から実施されている凍土壁が、所期の目的を達成できていないことが、原子力規制委員会の発表から明らかになった。この計画は、原発の上流側に820メートルにわたる凍土壁を作ることで、原発地下への地下水の流入を阻止し、汚染水が海に垂れ流しにならないようにとの目的で作られたものだが、いまのところ、機能している凍土壁は99パーセントで、残りの部分は凍っておらず、原発地下への地下水の流入が続いているという。恐ろしいのは、この流入量が、凍土壁設置以前とほとんど変わっていないということだ。つまり、99パーセントは所期の思惑通り凍ったものの、全体としては、地下水の流入はほとんど阻止できていないということだ。

四国の伊方原発が再稼動した。九州の川内原発の二基に続いて、実質的には三基目の再稼動になる。先日鹿児島県知事になった人が川内原発停止の意向を強く示しているなかでもあり、また、伊方原発自体にも様々な問題が指摘されている中での再稼動とあって、どうみても無謀な見切り発車といわざるを得ない。

日本に残された最後の成長産業、それは葬祭業だ、というような記事を英誌エコノミストで読んで、思わず苦笑した(Peak death)。普段はあまり気にしていないが、改めて言われればそのような気がする。筆者を含めた団塊の世代が、すこしづつあの世へ旅立つようになり、あと十数年もすれば同時に大量にあの世へ行く事態がやってくる。それを踏まえて、これからの日本の死亡者数は、当分右肩上がりで増えつづけるだろう。葬祭業が多忙になるのは、自然の勢いだ。

平成の明智光秀の愛称で親しまれている某代議士は、都連の会長として今回の都知事選の陣頭指揮にあたったが、武運拙く惨敗するや、その責任を問われて曰く、この選挙は本部マターだから、責任は自民党幹事長の某氏にある、と。彼が言及した某氏は、得意の自転車から転落して大怪我を負い、都知事選挙の采配どころでなかったことは誰しも知っているところだ。その人に責任をなすりつけるのは、あまりにも見苦しいと、政局通の間では無論、自民党内でも不評だそうだ。

SNSの普及にともない目立ってきた現象として、いわゆるバッシングの蔓延がある。バッシンは様々な対象に向けられ、それらはだいたい異様な感じを与えるのが多いが、なかでも異様なのは、ボランティア活動に向けられたものだ。特に芸能人などが、大震災の犠牲者となった人々にボランティアの手を差し伸べると、それを売名行為だなどと貶めてバッシングするケースが目立つが、これなどは、異様さを通り越して背筋の寒くなるような不気味さを感じさせる。

相模原市の障害者施設で起きた重度心身障害者の大量殺害が社会に衝撃をもたらしている。事件を起こした犯人がこの施設に勤めていた福祉関係の職員であったこと、殺された障害者が十九人にものぼり、その他に二十数名の障害者が重軽傷を負わされたこと、それらの障害者の殆どが深夜寝ている間に、全く抵抗もできない状態で次々と首をナイフで掻き切られて殺されたり重傷を負わされたこと、凶行の間施設の職員が捕縛されて身動きできない状態に置かれていたこと、どれをとっても陰惨極まりない犯罪だ。日本の犯罪史上過去に例のないものであり、日本もついにここまで来たかと国民誰をも慄然とさせるものだ。

無覚先生:今回の参院選も、前回の2013年に引き続き与党が勝ちました。自公あわせると70議席で、改選議席総数121議席の過半数を上回った。非改選議席とあわせると146議席となり、トータルでも大きく過半数を上回ることになる。これに大阪維新の会などをあわせれば、参議院での改憲勢力が三分の二を上まわることとなり、衆議院とあわせて戦後始めて改憲勢力が国会での改憲発議権を持つ状況が生まれました。改憲を悲願としてきた安部晋三総理にとっては、千載一遇のチャンスが生まれたといってよい。そんなことから大方のメディアは、今回の参院選を改憲への大きな一里塚と位置づけているようです。今回の選挙では、一人区での野党統一候補だとか、いままでにない戦術があったりしてそれなりに動きを感じさせましたが、結果的には与党の圧勝になった。その要因をどう考えるか、その辺のところから入っていきましょう。俄然坊さんからどうぞ。

安倍政権の副総理大臣の椅子に座っている麻生太郎氏が、先日(6月17日)に行われた講演会で、90歳の老人を話題に挙げて、「いつまで生きているつもりだ」と発言した。彼の失言癖は珍しくもなく、これもその一つとして受け流す向きが多かったが、なかには厳しく批判するものもいた。そうした批判に対して彼も反論した、自分には侮辱するつもりなどなかったと。ではどういうつもりでこんなことを言ったのか、わかりやすい説明はなかった。あたかもこれは自分の本音を言ったまでで、侮辱などというものではない、と言いたいかのようだ。

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