2013年12月アーカイブ

飛鳥時代の仏像4:広隆寺の半跏思惟像

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(広隆寺の半跏思惟像:木像、像高123.5cm)

7世紀後半の白鳳時代には弥勒菩薩の半跏思惟像が数多く作られるが、その模範あるいは先駆けとなったのが京都太秦の広隆寺にある半跏思惟像である。これは日本書紀が記するところの、新羅からの貢物が葛野の秦寺に安置された仏像だとすれば、623(推古31)年に新羅から到来したものだということになる。

アオとアイ:日本語の語源

色あらわす日本語のうち、色に固有の名詞として「あか」、「くろ」、「しろ」などをあげ、それらがオノマトペを語源としていることを、別稿「色をあらわす言葉」の中で述べたが、そのさいに、やはり色に固有の名詞としての「あお」については、語源が良くわからないといった。その分からない部分について、日本語学者の大野晋がヒントを与えてくれた。

狂言「萩大名」:野卑な大名

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狂言「萩大名」は田舎者の無知を笑うという趣向の作品である。大名と言っても、戦国時代の守護大名ではなく、田舎のちょっとした地主といったものだ。田舎者であるから、教養があるわけではなく、かえって野卑といってよい。そんな野卑な大名が京へ来たついでに、優雅な遊びがしたいという。しかしそもそも、日頃優雅とは無縁なことから、人前でとんだ恥さらしをする。それを笑うというのが、この狂言の趣向である。

ピエロに扮したパウロ:ピカソ、子どもを描く

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「ピエロに扮したパウロ(Paul en pierrot)」は、パウロの4歳の誕生日を記念して描いた作品である。この年にピカソはもう一枚パウロの肖像(闘牛士に扮したパウロ)を描いているが、それを最後にパウロの絵を描くことはなかった。そんなことから、自分の子供といえども、4歳くらいまでのあどけない子どもの姿だけに、ピカソが芸術的な感興を覚えていたことの傍証としてよく言われる。

キルケゴールは何故仮名を用いたか

キルケゴールは、決して長いとは言えない生涯に、夥しい量の文章を書いた。あたかも書くことこそが生きることそのものであるかのように。それらの文章は、日記を別にすれば、二つの系列にわけられる。一つは文学的著作であり、もう一つは宗教的著作である。文学的な著作には、文字通り文学作品と言えるもののほかに、倫理的あるいは宗教的なテーマを扱った思想的なものも含まれるが、キルケゴールの場合には、思想を語るときにも文学的に語るので、それらも含めて文学的著作と称する。

「餃子の王将」が同情されるわけ

「餃子の王将」の社長が何者かによって射殺された事件を巡って、日頃から王将を利用している客を中心に同情と励ましの声が寄せられているそうだ。何でもない市井のエピソードのようだが、それにしても何故、一飲食業者がこれほどまでに、人々の関心を呼ぶのか。筆者なりに心当たりがあるので、つまらないおせっかいかもしれないが、紹介しておきたい。

飛鳥時代の仏像3:法隆寺夢殿観音

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(法隆寺夢殿観音、木像、像高179.9cm)

夢殿観音の名でも知られる法隆寺夢殿の観音像は正式には救世観音という。仏像本体はクスノキの一木彫りで、高さは180センチメートルもある。顔や姿の特徴からして、飛鳥大仏や金堂釈迦三尊像と同じく北魏の仏像の影響を強く感じさせる。製作者の名は明記されていないが、前二者と同じ鞍作止利かその息のかかった人の制作になる可能性が高いと思われる。

不幸な女乞食の話:魯迅「祝福」

魯迅の短編小説「祝福」は、或る女乞食の不幸な生涯を描いたものだ。不幸な生涯を描くのに「祝福」と題したのは、他でもない。祝福というのは、中国の片田舎の町の大晦日の祭のことをいうのだが、その祭の日に生じた小さな出来事が、この小説の中の話のきっかけとなっているのだ。その出来事とは、ある女乞食が小説の語り手に思いがけないことを問いかけてきたことだった。その女乞食は、語り手を学問のある人と見込んで、こう尋ねたのだ。すなわち、人間が死んだあとで魂はあるのか、もしそうなら地獄というものはあるのか、また、死んだら家族はいっしょになれるのか。

世界から孤立する安倍政権下の日本

安倍さんが靖国神社を参拝したところ早速海外からの反応があった。中国と韓国から厳しい批判があったのは、安倍さんとしても織り込み済みだったと思うが、アメリカ政府から厳しい批判があったのは想定外だったようだ。そのほかEUやロシア政府も批判のコメントを出し、各国の主要メディアも批判的な解説記事を、それこそ花火のような勢いで出した次第だ。

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ピカソは、初めての子であるパウロに、色々な衣装を着せた肖像画を描いた。この「アルルカンに扮したパウロ(Paul en arlequin)」もそうした一枚だ。

安倍さんの心情倫理にも困ったものだ

このところ安倍さんの政治手法の強引さが眼を引く。特定秘密法を強引に成立させたことはその象徴的な事例だが、そのほかにも、多くの国民の不安感をよそにした原発推進の姿勢、そして沖縄の米軍基地問題に対する姿勢など、どれも国民への十分な説明を省いて、強引に進めているとの印象を与える。これでは安倍さんは、国民の世論あるいは民意とずれているという感想を持たざるを得ない。

日本橋の上に高速道路はいらない

首都高の改修計画が発表された。それによると、傷みが激しいために作り直すのは5区間計8キロで費用は3800億円、そのほか2千か所55キロ区間で大規模補修を行い費用は2500億円、合計6300億円については、高速道路料金を無料化するタイミングを15年先延ばしにすることで調達する、というものだ。要するに現在の高速道路網を前提にしているわけだが、ちょっと待ってくれよといいたくなる。

伊豆の踊子:川端康成の揺れる視線

「伊豆の踊子」は川端康成の出世作で、事実上の処女作といってもよい。多くの作家にとって、処女作にはその後の作家活動の要素となるもののほとんどが盛られているのと同じく、この作品にも、川端らしさといわれるものの多くが盛り込まれている。というより、その後「雪国」や「山の音」で展開された川端らしさよりも、もっと多くの要素が盛られている。ということは、川端はこの作品で一応自分の持っていたものをすべて盛り込んだうえで、次第にそれらのうちの余剰を切り捨てることで、自分独自の世界を確立していったということになる。この作品はしたがって、川端が自分の作風を確立するうえでの模索のような位置づけをもっているということだ。

放浪記:成瀬巳喜男の世界

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成瀬巳喜男の映画「放浪記」は、林芙美子の同名の小説を映画化したものである。成瀬は林の小説が気に入っていたようで、「めし」を手掛けて以来、「稲妻」、「妻」、「晩菊」、「浮雲」と立て続けに映画化したのだったが、「放浪記」はその仕上げとも言うべき作品だ。林芙美子という小説家と成瀬巳喜男という映画作家が、しっくりと溶け合って、一本の美しい映像芸術に結晶したといったところだろうか。

飛鳥時代の仏像2:法隆寺金堂釈迦三尊像

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(法隆寺金堂釈迦三尊像、銅像、釈迦像高86.3cm)

法隆寺の本尊として金堂中の間に安置されている釈迦三尊像は、聖徳太子の等身像として作られたものだが、完成したのは太子の死後1年経った623(推古三十一)年である。作者は飛鳥仏と同じく、渡来系の仏師鞍作止利である。

与える:上から目線の言葉・尊大語

スポーツ選手のインタビューなどで、「ファンの皆様に感動を与えたい」といった言葉をよく聞く。この「与える」という言葉は、客観的な叙述の表現としては、「行く」とか「来る」と同じく価値中立的なニュアンスに聞こえるが、対人関係を意識させる場面で使われると、上から目線の言葉として聞こえる。だから、スポーツ選手がこのような言葉を使うのを聞くと、どうもこの選手は自分を買いかぶっているようだ、というふうに受け取られる場合もある。

象の孤児院:孤象院

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写真(ナショジオから)は、スリランカの象の施設にいる小象たちの群。この施設は親を失った孤児の象を育てている。1982年に開設されたが、それ以来この施設で育った象から生まれた小象もいるそうだ。

ロバに乗ったパウロ:ピカソ、子どもを描く

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ピカソは初めての子パウロの子ども時代の絵を何枚も描いているが、そのほとんどは具象的なタッチで描いている。「ロバに乗ったパウロ(Paul sur une âne)」は、その中でも有名な一枚だ。

キルケゴールにおけるイロニーと弁証法

キルケゴールが自分の生涯をかけた研究の出発点としてイロニーを選んだことは興味深いことである。イロニーの概念自体は、キルケゴールの同時代の精神状況の中で一定の存在意義を主張していた。その意味では新しい概念ではない。それは主に理想主義的なロマン主義者たちが、退屈な現実を糾弾するにあたっての武器として用いられた。とりすました相手をからかってみたり、陳列棚に収まった真理の剥製からその実在性を剥ぎ取ったりするための方法、それがイロニー、つまり皮肉の機能なのであった。だからそれはある種のファッションといってもよかった。こうしたイロニーの概念にキルケゴールが付け加えたものは、それを単なるファッションにとどめず、現実批判のための根本的な方法に高めることであった。後にキルケゴール自身、その方法を意識的に実践することによって、実存としての自己を確立していく。したがって彼のイロニー研究は、彼の生涯の方向付けを定める機能を果たしたといえるわけである。

飛鳥時代の仏像1:飛鳥大仏

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(飛鳥の大仏、奈良安居院蔵、銅像、像高275.7cm)

日本最古の寺法興寺(飛鳥寺)の本尊は、今日飛鳥大仏と呼ばれている丈六の釈迦像である。法興寺の完成は日本書紀によれば596(推古四)年のことであるが、この仏像が完成したのはそれより遅れて609年のことと推定されている(606年説もある)。作者は鞍作止利、後に法隆寺金堂の釈迦三蔵像を作った仏師である。

彷徨:魯迅の文学世界

「彷徨」は、魯迅第二の短編小説集であり、かつ彼の最後の小説集にもなった。1924年から翌年にかけて執筆した短編小説11篇を収めている。この時期は中國の革命運動が沈滞し、各地に軍閥が割拠して、中国社会に大きな暗雲が垂れ込めていた時期である。俗に五四退潮期などと呼ばれている。そんな時代背景もあったのか、ここに収められた作品の多くは、「吶喊」で展開したテーマ、すなわち中国社会の前近代性の告発というテーマを引き継ぎながら、それについての内省を一層深めるというスタンスをとっている。

ポスティング制度と日本球団の台所事情

楽天の田中将大選手の大リーグ挑戦を巡って、本人の希望と球団側の思惑が食い違って、ちょっとした問題が沸き起こっている。本人は是非、先日成立したポスティング制度の新しいルールに従って大リーグを目指したいと言っているのに、楽天球団側が難色を示しているのだ。その背景には、金の問題があるようだ。

海辺の母と子:ピカソ、子どもを描く

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1921年に描かれた9点の母子像のうち最も有名なのがこの作品「海辺の母と子(Femme et enfant au bord de la mer )」である。

今の自民党はヤンキー政党の域を通り越してブラック政党になってしまった、と言う旨の記事を過日このブログに乗せたところだが、そのブラック政党が牛耳る今の政権が当のブラック企業の取り締まりに乗り出したというニュースを聞いてびっくりした。ブラック政党が牛耳っているのだから、その政権はブラック政権と言ってよい。そんな政権がブラック仲間であるブラック企業を取り締まれるのか。

雪国:川端康成と官能の遊び

川端康成は「雪国」を執筆し始めてから最終的な完成にいたるまでに実に10年以上をかけている。世界の文学史上、ひとつの作品に長い年月を要した例はほかにもあるが、それらは多くの場合、一部の書き直しであったり、余計な部分の削除であったりする場合が多い。ところがこの小説の場合には、幾度か書き足しをしながら、雪だるまのほうに膨れ上がって、長編小説になったという経緯があるようだ。こんな形で小説を構成していく作家はそう多くはいないのではないか。

セフェイド変光星:RS Puppis

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写真(NASAから)は、南天に見えるとも座のRS星(RS Puppis)の様子。ハッブル宇宙望遠鏡のデータをもとに作成されたイメージだ。中心にひときわ明るく見えるのがRS星で、周囲に雲の渦のように見えるのは、星の光が反射して明るく映った部分だ。面白いことにこの星は、六週間を周期にして、明るくなったり暗くなったりを繰り返すという。

女が階段を上る時:成瀬巳喜男の世界

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成瀬巳喜男は「流れる」で伝統的な芸者の世界に生きる女たちを描いた後、「女が階段を上る時」ではバーの女たちを描いた。この作品が公開された1960年という年は、戦後も復興の時代を通り抜け、高度成長時代へと進みつつあった。そんな中で、世の中の風景は次第にモダンになり、男たちの遊びも従来の芸者遊びからバーやキャバレーでの遊びへと変化しつつあった。この映画は、そうした新しい遊びの場で、けなげに生きる女たちを描いたのだったが、芸者の世界がそれなりに厳しい世界であったように、バーの世界もまた厳しい、とりわけ女だけで生きていくことはむつかしい、そんなことを訴えている作品である。

法隆寺の伽藍:日本の美術

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(法隆寺遠景、平凡社刊「日本の美術4」)

現存する法隆寺の伽藍は、西暦670年の火災による消失の後、7世紀の末に再建されたものである。原法隆寺の北側に隣接して再建されたが、その際に、地形上の制約から、原法隆寺のように一直線上に伽藍群を配置することができなかったために、現在のような配置になったのだとする説があるが、本当のことはわかっていない。そうかもしれないし、そうでないかもしれない。

「よむ」と「かく」:文字とことば

「よむ」、「かく」という言葉は、どちらも文字の存在を前提としている。したがって、ある民族の中で文字というものが生まれてから後にできた言葉と考えることが出来る。文字が生まれるのは、言葉が生まれてからはるかに後のことであるから、「よむ」、「かく」という言葉は、どの民族の言語体系にあっても、比較的新しい言葉である。

母と子:ピカソ、子どもを描く

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ピカソは、青の時代からバラ色の時代にかけて多くの母子像を描いたが、1921年に自分の子どもが生まれると、再び多くの母子像の制作に取り掛かった。この年だけで9点もの作品を描いている。そして、その描き方は当然のことながら、以前のものとはかなりちがったイメージのものになった。ピカソは「新古典主義」的な技法でこれらの母子像を描いたのである。

ウィグル人のレジスタンス

新疆ウィグル地区におけるウィグル人のレジスタンスについて、モンゴル人研究者楊海英氏が雑誌「世界」にレポートを寄せている。中国国内におけるモンゴル人も少数民族と言う点ではウィグル人と共通した境遇にあるということで、ウィグル人の立場に立った書き方になっている。

キルケゴールをどう読むか:とくに日本人として

キルケゴールの読み方にはいろいろある。文学作品として、倫理的あるいは心理学的著作として、あるいは哲学書として読めるだろうし、勿論深い宗教的真理を語った著作として読むこともできる。「誘惑者の日記」や「酒中に真あり」などの文学的な著作は、世界の文学史を飾るに足るすばらしい作品であるし、彼の倫理的・宗教的な主張はその後の時代の倫理学説や宗教上の議論に深刻な影響をもたらしたところだし、彼が展開した哲学的な議論は、ハイデッガーやヤスパースらによって取り上げられ、いわゆる実存主義哲学の形成に甚大な影響を及ぼした。どんな切り口から入っても、キルケゴールは尽きせぬインスピレーションを与えてくれる偉大な人物だ。それ故筆者のようなものまで、青年時代のある時期、キルケゴールにいかれたことがあったのも、無理もない話だといえよう。

張成沢粛清の意味:金正恩に改革は期待できない

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北朝鮮のナンバー2といわれ、金正恩の義理の叔父でもあった張成沢が、粛清されたうえに死刑に処せられたというので、世界中がびっくりしている。こうした粛清劇は北朝鮮にはつきものだったわけで、あらためて驚くほどのことでもないという見方もあるが、張成沢がこれまで果してきた役割や彼が金正恩の叔父であったことなど、そして過去の類似の例との比較などを考慮すると、やはり異常といえるほどのインパクトはある。

仏教の渡来と飛鳥時代の寺院建築:日本の美術

仏教の渡来が日本にとって持った意義はまことに巨大であった。そのインパクトの大きさは明治維新に匹敵するといえば理解しやすいだろう。明治維新を契機にして、日本が西洋文化を取り入れ、急速に近代化、国際化を図ったのと同じように、仏教の伝来は古代日本社会のあらゆる部分に甚大な影響を与え、日本を極東の孤立した島国から、東アジアの国際社会における一員へと発展させていった。その過程で、仏教文化が広く浸透し、それが日本古来の文化と融合しながら、独自の日本文化を作り上げていく。

原風景としての少年時代:魯迅「宮芝居」

魯迅は「故郷」の中で、自分が少年時代を過ごした牧歌的な世界を懐かしく思い出してみたが、その懐かしい世界は、大人になった今では、もう二度と戻ることのできない遠い世界のこととして、記憶の彼方に消え去ってしまっていた。その消え去ってしまったはずの懐かしい世界を、追憶の中でもよいから体験しなおしてみたい。そんな思いから書かれたのだろうと、思わせるような作品がある。「宮芝居」である。

輪を持つ少女:ピカソ、子どもを描く

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1910年前後から、ピカソはキュビズムの時代という段階に入る。キュビズムは形態をいったん解体したうえで、再構成するという特徴からして、子どもを子どもらしく表現することが難しく、したがってこの時期には、子どもをテーマにした絵をあまり描いていない。そんななかで、この「輪を持つ少女(Fillette au cerceau)」は、キュビズムの様式で子どもの表現に取り組んだ数少ない作品の一つである。

秘密保護法が与党によって強行採決され、いよいよこの歴史的な悪法がどのように運用されるのか、注目が集まっているところだが、与党自民党の石破幹事長が早速アドバルーンをあげた。いわく、「特定秘密保護法で指定された秘密を報道機関が報じることについて<何らかの方法で抑制されることになると思う>」と。

山の音:川端康成の背徳小説

川端康成の代表作といえば「雪国」の名を挙げる人が殆どだと思うが、中には「山の音」をあげる人もいる。また、この二つの甲乙つけがたいことを評して、「雪国」が川端の代表作とすれば、「山の音」の方は戦後日本文学の最高傑作だなどという人もいる。この二つの言説は矛盾しないので、決して苦しまぎれの出まかせとは聞こえない。

元宮崎県知事で維新の会所属の現職衆院議員である東国原英夫氏が議員を辞職したい意向を示したという。その理由についてご自身はいろいろ言っているようだが、要するにもう一度宮崎県知事時代のような殿さま身分に戻りたいということらしい。というのも、平成27年1月に任期満了となる宮崎県知事選か、近いうちに予想される都知事選に立候補したいと言っているのだ。衆院議員はただのワン・ノブ・ゼムなのに対して、県知事はオンリー・ワン、つまりそこの県の殿さまだ。その殿さま身分をかつて味わった氏としては、もう一度その身分に戻りたい、と思うのも無理からぬところがある。

流れる:成瀬巳喜男の世界

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成瀬巳喜男の映画「流れる」は芸者置屋を舞台にして、芸者たちの日々を淡々と描いた作品だ。芸者と言えば一見華やかに見えるが、それは個々の芸妓の上っ面のこと。置屋の運営はそんなに生易しいものではない。この映画を見ると、芸者稼業もなかなか厳しいとつくづく感じさせるが、それ以上に、女が女だけで生きていくのはもっと厳しい。そんなことを感じさせる映画だ。女を描くことにこだわった成瀬巳喜男の作品の中でも、ある意味で最も成瀬らしいこだわりを感じさせる。

古墳時代の埴輪

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(埴輪:美術出版社「日本美術史」から)

古墳は3世紀後半から7世紀前半にかけて作られた。その分布は日本全土にわたっており、総数は16万以上に上る(文化庁調査)。豪族の権威を示す目的で作られ、円形または方形の塚山を二つ並べた形のものが中心である。大規模な古墳には前方後円墳が多い。

「ある」と「ない」

存在と非存在は一対の対立概念であるが、それを日本語では「ある」と「ない」というように、異なった言葉で表す。一方、英語をはじめとした印欧語族の言葉では、存在は「 be 」、非存在は否定辞の「 not 」をつけて、「not be 」という具合に現す。漢字の場合には、「ある」は「在」とか「有」といい、「ない」は「無」とか「莫」とかいうほかに、否定辞「不」、「没」をつけて、「不在」あるいは「没有」という場合もある。

徳州会からの5千万円受領問題で迷走を重ねている東京都の猪瀬直樹知事。都議会各会派からの厳しい追及に会い、どうやらギブアップの状態らしい。今回の事態は自分の不徳の至りだと認める一方、引き続き都知事職への未練を表明し、給料を一年分返すから、このまま都知事をやらせてほしいといっているそうだ。

都の女性教員がAVに出演

都教委に雇われている女性非常勤講師が無修正のアダルト・ビデオに出演していたというネット上のゴミ記事を読んで驚いた。この記事はサンケイが配布しているもので、それによるとこの女性講師は、「先月30日、無修整であることを知った上でわいせつ動画に出演したとして、わいせつ電磁的記録媒体頒布幇助(ほうじょ)の疑いで、静岡県警に逮捕された」ということだ。かつて都教委に席を置いていたものとしては、「驚いた」ではすまないものを感じる。

二人の兄弟:ピカソ、子どもを描く

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1906年5月、ピカソは恋人のフェルナンドとともにバルセロナに戻った。フェルナンドによれば、久しぶりにスペインに戻ったピカソは生気を取り戻したかのように、確信に満ちた日々を送ったらしい。この時期にピカソは、バラ色の時代の様式を徐々に脱却し、新たな様式への転換を図った。その転換期を代表する作品が、この「二人の兄弟(Les deux frères)」である。

北朝鮮の日本人埋葬地について

終戦時に朝鮮半島北部(いまの北朝鮮)にいた日本人で、そのまま現地で死んだ人については長い間何らの調査もできないままでいたが、今年初めて遺族の墓参が許され、調査の手がかりがつかめそうになった。そのことに関して先日NHKが報道した内容についてはこのブログでも取り上げたところである。(棄民:自力で脱出した日本人たち)

コクトーの八つの歌から「アンリ・ルソーの肖像(Portrait d'Henri Rousseau)」(壺齋散人訳)

  アロエとシジュウカラが
  おめかしをしている

  巨大な羽根の天使たちが
  エッフェル塔のまわりを飛んでる

  飛行船共和国号
  黒人がパイプをふかす
  丘の上で笛を鳴らしながら
  もうひとりの名はジャン・ジャック
  複葉機太陽号 復活祭の鐘

  すてきな日曜日だった
  見世物小屋には獣たちがいたっけ
  ジャングルや都会の獣たち
  ライオンと白い馬は
  まったくよく似ていたよ

  シジュウカラがいった<共和国万歳!>

弥生時代の金属器

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(弥生時代の銅鐸)

弥生時代には朝鮮半島から大量の金属器が輸入された。それには大きく二種類あった。ひとつは銅剣、銅矛、銅鐸、銅鏡などの青銅器であり、もうひとつは鉄製の農機具であった。縄文時代の日本人は金属というものを知らなかったので、日本は新石器時代から一挙に鉄器時代を迎えたということになる。

身分による差別を描く:魯迅「故郷」

魯迅の短編小説「故郷」は、日本の中学三年生の国語教科書すべてに採用されているそうである。中学三年生といえば、生涯でもっとも多感な時期だから、その時に感動したことは一生心から離れることはないだろう。それほど意義のある読書体験を、日本の国語教育は、魯迅という中国人作家の作品を通じてさせようとしている。魯迅のこの作品のどこに、そんな期待をさせるような要素があるのだろうか。

道化役者と子ども:ピカソ、子どもを描く

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ピカソは、バラ色の時代に、道化役者と子どもの組み合わせをいくつも描いている。この「道化役者と子ども(Comedien et enfant)」は、それらの中でも最も有名な一枚だ。赤い衣装をまとった道化役者と、青い体操着を来た子供が並んで立ち、道化役者が子どもの肩に手を置いているが、かといって親密な雰囲気は伝わってこない。というのも、二人は別な方向を見ており、それぞれにバラバラなことを感じさせるからだ。

廣松渉「今こそマルクスを読み返す」

廣松渉といえば、「物象化論の構図」とか「事的世界観への前哨」とか「世界の共同主観的存在構造」とかいった著作を若い頃に読んだものだが、それらを通じて筆者が抱いた印象としては、マルクスの思想に新カント派やフッサールの現象学を接ぎ木したようなものだというものだった。物象化論はマルクスが資本論の中で展開したところであるし、事的世界観というのはマルクスの言う関係性やカッシーラーの関数概念とつながるところがあり、共同主観にいたってはフッサールの現象学に非常に近い。

沈黙:遠藤周作の切支丹小説

「沈黙」は遠藤周作の代表作ということになっている。この小説は英語などにもいち早く翻訳され、ノーベル賞の候補にも上ったほどだったという。第三の新人の中では、最も国際的な反響が高かったということだろう。というのも、この小説は日本におけるキリスト教弾圧の歴史の一局面を描き出すことを通じて、人間の信仰という普遍的な問題を深く追求したものであり、それがキリスト教文化圏の人々にストレートに伝わったからなのだろうと思う。

日中間の危機管理システムは可能か

バイデン米副大統領がやってきて日本の安倍首相らと会談した。その中でバイデン氏は、中国による「防衛識別圏」の設定について、中国側の一方的な行動は不測の事態をもたらす恐れがあり、非常に危険だとして、中国側を批判して見せた。そのことについて安倍政権は、日米間の共同歩調が確保されたと言って大いに喜び、また大多数のメディアもその喜びぶりを素直に伝えているが、一方、バイデン氏の信念でもあり、日中両政府への日頃の忠告でもある、日中間で不測の軍事的事態を想定した危機管理システムを構築すべきだとの意見については、ほとんど取り上げられることがなかった。

浮雲:成瀬巳喜男の世界

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「浮雲」は成瀬巳喜男の代表作との評価が高い。成瀬らしい映画作りが最もよく発揮されているとともに、成瀬の映画には珍しく、ドラマ性にも富んでいる。その上敗戦直後の日本を舞台にして、社会と時代の状況を如実に感じさせる工夫にあふれている。つまり、一つの作品の中に様々な要素が盛り込まれ、それらが無理なく調和しあって、たぐいまれな世界を現出し得ている。そういう点で、非凡な作品たりえている。

弥生土器

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(弥生土器:奈良県田原本町出土)

弥生文化は紀元前200年前後から始まるが、それは稲作栽培の広範な導入を伴った。稲作の普及によって生産力は飛躍的に高まり、また、人々の生活様式をも変えていった。即ち稲作は労働集約的であることから、村落共同体の発展をうながし、また水田の水を管理するため、村落共同体は「環濠集落」という形をとった。水を導くための堀を巡らした集落のことである。

わざわいとさいわい

「わざわい」と「さいわい」は、不幸と幸福という、一対の対立概念を現す言葉である。「わざわい」はもと「わざはひ」と書いた。「さいわい」のほうは「さきはひ」と書いた。両者に共通に含まれている「はひ」は「はふ(這う)」の名詞形で、一帯に物事がひろがり渡っているさまを言った。だから「さきはひ」とは「さき」が広がり渡っている状態のことを現した。「さき」とは「さち」と同義語であり、幸せを意味した。それ故「さきはひ」とは、幸せが広がり渡った状態のことを意味したわけである。

サルタンバンクの家族:ピカソ、子どもを描く

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サルタンバンクとは旅芸人のことで、サーカスとは違って、主に路上で大道芸を披露していた。芸人自体が社会の下層に属していたが、サルタンバンクはそのなかでも最下層に属していた。その構成員には、ジプシーが多かったとされる。ピカソは、サーカス芸人と同じく、このサルタンバンクにも関心を寄せ、生涯の節々で彼らの姿を描いている。

自民党の石破幹事長が自身のブログの中で、特定秘密法案に反対する市民のデモについて、「単なる絶叫戦術はテロ行為とその本質において変わらないように思われます」といって、市民の反政府デモをテロと同一視したそうだ。一政党の幹事長にも政治的な意見をいう権利はあり、そういう人間が反政府デモを批判するのも勝手なように思われるが、ことは権力政党たる自民党の幹事長の言ったことであり、しかも参議院では、特定秘密法案の審議をめぐって、テロの定義について論戦がなされている最中だ。そんなタイミングで自民党の幹事長が、こういうメッセージを発信するというのは、ちょっと尋常ではない。

複葉機 朝(Biplan le matin):コクトーの八つの歌

コクトーの八つの歌から「複葉機 朝(Biplan le matin)」(壺齋散人訳)

  飛行機の音は降下するにつれて弱まる
  夜明けの空の音 独楽
  そしてオリオンが転調する
  生きる衝動に満ちた朝に
  騒々しい私の庭で
  バケツをかき混ぜると深い音がした

  犬はじゃれつき
  丈夫な翼の大天使は聖母マリヤを訪れる
  セーヌのほとり
  群衆 菫色の霧 天気は上々
  将軍
  ピコン ビル プティ・ジュルナル
  セーヌは流れ 癒してくれる
  墓のように冷たい橋の渇きを

  頭を高く高く持ち上げてごらん
  天国のオルガンが見えるから

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