日本の政治と社会

福島原発事故の責任をめぐって強制起訴された東電の旧経営陣三人に対して、東京地裁で無罪判決が出た。これまでの経緯を踏まえれば、無罪判決が出ることは十分に予想されたことだが、小生はその理由に吃驚させられた。判決理由は、刑事責任をめぐる伝統的な解釈を踏まえたものというよりは、それを大きく逸脱して、これまでの刑事責任論を根本から覆すようなものだといえる。いわば犯罪者に御墨つきを与え、今後同種のことがらについては、責任逃れの方途を広くしてやったようなものだといえるのである。

雑誌「世界」の最新号(2019年10月号)が、「日韓関係の再構築へ」と題した特集を組んでいる。いまや、日本のメディアでは反韓・嫌韓が流行現象となって、韓国を罵ることが当たり前となっている中、日韓関係の再構築を云々する言説は、とかく攻撃にさらされやすい。なにしろ政官民が一体となって隣国韓国を侮辱してやまないのだ。そんな中で、こういう特集を組んだ「世界」編集部の勇気を評価したい。

台風15号の進行経路にあたっていた千葉県では、大規模な停電が発生し、五日目の今日になっても、いまだに20万近い世帯で解消されていない。中には、復旧するまでにあと二週間かかるところもあるなどと、信じられない情報が飛び交っている。

台風15号が関東地方を直撃し、各地に大きな被害を出した。この台風は、関東を襲ったものとしては、十数年ぶりの巨大台風で、被害の発生が事前に想定されたので、JRはじめ鉄道各社が、計画運休を実施した。関東での計画運休は、昨年も台風24号に際して行われたが、それは当日の正午前後に、その日の夜の終電を早めに前倒しするというものだった。今回は、前日のうちに、始発を午前八時以降に先延ばしすると発表した。

Japan Times の電子版に、日本企業とミャンマーとの経済的な結びつきについて、批判的な記事が載っていた。日本人が書いたものだが、なかなか鋭いところをついている。日本企業が、ロヒンギャの問題を全く考慮にいれないで、ひたすらミャンマーの軍閥を応援しているのは、政治的にも道義的にもまずいのではないか、といった趣旨の記事だ。

あいちトリエンナーレの一環として催された「表現の不自由展」が、脅迫や恫喝に屈する形で、主催者自ら中止したことをめぐって、さまざまな言説が流れている。それを分類すると、大きく二つにわかれる。ひとつは、表現の自由といえども自ずから限界があって、今回の催しはその限界を大きく逸脱していたのだから、中止になったことは当然だというもの。もう一つは、表現の自由は、憲法が保障する基本的人権の中でももっとも中核的なもので、いかなる事情があろうとも、これが踏みにじられることがあってはならない。今回の中止の事態は、その表現の自由を踏みにじったものといわねばならない、というものだ。この二つを両極端として、様々な言説がなされている。

海上自衛隊の護衛艦いずもが空母に改修されることにともない、その甲板に最初に発着するのは、米軍の戦闘機F35Bになる見込みだと聞いて、小生はいささか吃驚した。いくら同盟国だとは言え、自国の中核的な軍事力を、まず他国の使用に供するという発想が理解できない。これでは日本の軍事力は、アメリカを喜ばすためにあるようなものだ。どうぞ米軍のお役にたててくださいと、へりくだっている印象が伝わって来る。

中央公論最新号(2019年9月号)が、「新・軍事学」という特集を組んで、その一環として「今なぜ徴兵制を論じるのか」という座談会を掲載している。参加しているのは三人で、そのうちの一人(女性)が先日公刊した本をきっかけにして、今なぜ徴兵制を論じるべきなのかについて議論している。それを読んだ小生は、聊かの同意をすると同時にかなりの違和感を抱いた。

五木寛之と立松和平の対談「親鸞と道元」を読んでいたら、2008年の9月に日本の新聞史上初めての出来事があったと五木が言い出した。それは、朝日の一面トップに「自殺者十年連続三万人を越える」という見出しが出たということだった。なぜそれが珍しいかといえば、自殺の記事というのは、縁起が悪いということもあって、社会面の端のほうに小さく載るのが普通で、一面トップで扱われるようなものとは思われていなかったからだ。それが一面トップを飾るに至ったのは、自殺の問題が深刻化していることのあらわれなのだろうと、その五木の発言からは伝わって来た。

日頃率直な物言いで人気を博している北野タケシが、いま話題になっている芸人の闇営業問題で、芸人を抱えている事務所の対応を批判した。タケシの言い分によれば、芸人というものは猿回しの猿のようなもので、その猿が粗相をしたからといって、猿を責めるのは大人げない。責めるなら猿回しのほうと責めろというのだ。タケシが猿回しというのは、芸能事務所のことである。たしかに、今回の問題で、芸能事務所の対応には、頭をかしげるところが多かった。タケシが腹を立てるのももっともだと思う。

無覚先生:今回の参院選は与党が勝つだろうというのが大方の予想で、どこまで勝ち進むかが焦点だったと思いますが、結局は、いわゆる改憲勢力が三分の二に届かなかった。これをどう見るかというのが、今回の選挙結果についての評価のポイントになるのではないか。三分の二を失ったことを以て、安倍政権に厳しい審判が下されたと見るのか、それとも与党で過半数を上回ったことを以て安倍政権は健闘したと見るのか。

日韓関係がかなりもつれている。ある意味戦後最悪の状況になっており、もはやもつれを通り越して危機的な険悪さを感じさせられる。いまにも戦争が始まってもおかしくないほどだ。というより、物理的な武力によらないとはいえ、経済的な武器で相手を叩きのめそうとする日本の態度は、経済戦争というかたちの戦争をしかけていると、国際社会から見られているのではないか。何故こうなってしまうのか。

老衰が死因の三位になったそうだ。厚生労働省の人口動態統計によれば、日本国内で2018年に死亡した人のうち、一位のがん、二位の心疾患についで、老衰が第三位、割合にして8パーセントを記録したという。何を以て老衰と定義するかというと、他に死亡の原因がない、いわゆる自然死をさす。自然死する人のなかで、90歳を超えた人について、老衰というらしい。

安倍政権が事実上の移民受け入れ政策をとったことに伴い、既存の外国人労働者の実態に関心が集まった。技能実習生などの名目で受け入れている外国人労働者が、非常に劣悪な環境に苦しんでおり、その実情はまさに、日本企業による外国人の労動搾取、あるいは奴隷労働だとの批判を招く中で、今後日本が受け入れる移民労働者がどのような待遇をうけることになるのか、関心が集まるのは、ある意味自然なことだ。こうした関心に答えるかのように、NHKが、主にベトナムから受け入れた技能実習生らの実体をルポルタージュ取材した番組を流した(7月13日のNHKスペシャル)。

ハンセン病患者の家族への国の責任と賠償を認めた熊本地裁判決に、安倍政権はこの判決に服し、控訴しないことを表明した。このこと自体は、小生にも評価できる。ハンセン病の問題は、患者本人ばかりでなく、家族も又塗炭の苦しみを味わってきたことを思えば、報われて当然だろう。その責任の大部分が、この問題を放置してきた国にあることを考えれば、政府が判決に服すのは当然のことだ。だが安倍晋三総理は、「極めて異例の判断だが、あえて控訴を行わない」という言い方をして、どこか恩着せがましい印象を振りまいている。どうせ謝るなら、もっとすっきり謝った方がよい、と感じたのは小生のみではあるまい。

いま進行中の日産問題については、色々な見方があるだろう。小生などは、日産の内紛に検察が民事介入したと考えている。その理由には、国際的な背景もあるだろう。また訴追の理由としては、刑事事件の外見をまとってはいるが、基本的には個別企業の内紛に、検察が介入したという構図だと思う。自分たちの企業が、外国資本によって全面支配されることを恐れた日本人経営者たちが、検察を抱き込んだ形で、巻き返しを図ったというのが、正直なところではないのか。

トランプが側近への内緒話という形であるが、日米安保条約がアメリカにとって不平等であることを理由に、廃止すべきだというようなことを言及したというので、ちょっとした騒ぎになっている。一番心穏やかでないのは安倍政権らしく、日米同盟の盤石ぶりを強調し、将来にわたって日米安保条約がなくなることなどありえないと、これは先方の意向をまったく無視するようなものの言い方をしている。

中央公論2019年6月号に、歴史学者呉座勇一が「俗流歴史本と対峙する」という文章を寄せている。いま世間で評判になっている歴史書三点をとりあげて、その学問的いい加減さを指摘しながら、こうしたいい加減さがまかり通っているのは、歴史学者たちが無関心なせいともいえるので、歴史学者はもう少し目を見張って、こうしたいい加減な言説に必要な批判を与える必要があると訴えているものだ。

安倍晋三がトランプの特使としてイランを訪れたことは、昨日のこのブログでも紹介したとおりだが、その訪問の最中に、こともあろうか日本の貨物船が、ホルムズ海峡において二度にわたり砲撃を受けるという事態が起きた。この攻撃はイランに責任があるとアメリカのポンペオ国務長官は言っているから、おそらくそうなのであろう。もしそうだとしたら、イランはどんな意図に基づいてこの攻撃を行ったのだろう。日本のメディアは例によって、自分たちの想像を超える事態にアタフタしているかのように、いまのところ報道・解説を自制している。

日本の総理大臣である安倍晋三が、わざわざイランまで出かけていって、ホメイニやロウハニなどイラン側の指導者たちと一連の会談を行っているそうだ。これは、安倍晋三の自発的な意思からしたことではなく、アメリカの大統領であるドナルド・トランプに急き立てられてしたのだというふうに伝わって来る。安倍晋三自身も、そうした観測を否定していないから、事実としてそうなのだろう。だからこれは、日本の総理大臣が、外国の政府のために特使をつとめているのだといえよう。

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